Bit Y 夜のテラスで一人紅茶を飲みながらキャンドルの明かりを消して星が散らばる夜空を見上げる。教授からの手紙をテーブルの上に広げた。教授と夕食を共にした日から数日経ったが彼からの手紙は一通もない。テーブルの上の手紙はそれ以前に送られてきたものだ。流れるように美しい字を目で追う。 ふとした瞬間に、そういえば彼と私に血の繋がりがあることを思い出す。互いにそのことを気にしていないせいか忘れがちだが、私たちは兄妹なのである。ホグワーツにいる間、私が教授の執務室に入り浸ることに最初は小言を言っていたが、最近では何も言わずに迎え入れてくるし、今回も母からの頼みがあったとは言え私の様子を気にかけてくれている。あのスネイプ教授がだ。もし彼と血縁者でなければそんなことはしてくれなかったかもしれない。 そもそも、母との一件がなければ私は教授という兄の存在を知らないままだったのだ。そう考えると、あの遠い過去のような出来事は私にとても貴重な日々を与えてくれた。教授が自分の肉親に対してどのような感情を持って接していたのかは知る由もないが、少なくとも私には他の人が驚くであろうほど良くしてくれている、と思う。 玄関の方から音がした気がして、もしかしたら、とテラスから玄関に急いだ。慌てていたせいで、花壇の近くに置いていた植木鉢に躓き勢いよく地面に転がり込む。気に入っていたネイビーのワンピースは土に汚れ、咄嗟についた掌は庭の小さな砂利がいくつも埋まっていた。溜息を吐き耳に髪をかけて、起き上がろうと体を起こすよりも早く、強い力に腕を引かれた。 「怪我は、」 月明かりだけで良く見えないが、怪訝そうに眉間に皺を寄せた教授が目の前に立っていた。私は呆然と立ち尽くしたままで、腕から離れた教授の手を追うように握る。体温の低い彼の手が心地良い。なぜか自然と涙がこぼれて、止まらなかった。 「何があった。」 嗚咽で返事ができず、ただ首を横に振った。教授はどうしたものかとただ私に手を握られたままじっとしている。とりあえず家の中に案内しろ、そう云って私の腕を引いた。 未だに泣き止まない私をソファに座らせ、教授は壁に凭れかかり私が泣き止むの待っているようだった。私自身どうして涙が出たのか分からない。ただ教授の姿を見たときに、ひどく安心したのだ。 「すみません、ご迷惑おかけしました。」 「全くだ。」 やっと落ち着いた私の目の前にティーカップが現れた。教授が淹れる紅茶はとても良い香りがする。ジャスミンの香りを嗅ぐと言いようのない不安感が徐々に消えていくような気がした。教授は向かいのソファに座り、不機嫌そうに私をじっと見ていた。 「何か、あったのか。」 「本当に何もないんです、私もどうして泣いてしまったのか分からなくて。」 教授の姿を見て安心しました、とは云えずにぎこちなく笑うと教授の眉間の皺はさらに深くなった。彼は私に何かあって、それを隠そうとしているだと思っているようである。そんなつもりはないのだが、やはり気恥ずかしい。 「教授はどうして今日こちらに?手紙は届いてなかったはずですが。」 「急用の帰りだ。」 「お疲れのところすみません、でも来てくださって嬉しかったです。久しぶりですし。」 「それほど経っていないが。」 「実際に数えてみると数日ですけど、なぜか長く感じてしまって、待ち遠しかったんでしょうね。」 お前はよほど暇なんだろうな、と教授は鼻で笑った。確かに暇なので言い返せない。一日中一人でだらけているだけの毎日を送っている。そんな中で教授の来訪は一種の楽しみとなっていたらしい。他愛のない会話をして教授は帰り支度を始めた。今日はマグルの列車を使って帰ると云っていたので、玄関を出て近くの街まで見送ろうと後をついて行く。 「ひとつ変な質問をしていいですか。」 私の言葉に耳を傾けているのかどうか分からないが、教授は何も云わないので肯定の意として受け取り私は話を続ける。 「教授は今までに私との血の繋がりを感じたことはありますか。」 不躾な問いに教授は足を止め私を振り返り見た。てっきり彼は馬鹿げたことを聞くな、と怒声をあげるかと思っていたのだが、意外にも返答の内容を考えているのか、何も云わずにこちらを見ていた。 「血縁など、私にとってどうでもいいことだ。」 「なら、私を妹として見たこともありませんか。」 「下らない質問をするな。眩暈がする。」 再び歩き始めた教授の隣につき、彼の横顔を眺める。怒ってはなさそうだが、ますます何を考えているのか分からなくなってしまった。今更、聞くべきではなかったと後悔する。 「先ほど、泣いたのはそれが何か関係しているのか。」 「え、」 「私との血の繋がりやお前の母親のことだ。」 まさか教授からそんなことを言われるとは思っていなかったので、今度は私が足を止めた。そして改めて私がどうして泣いたのか考えてみた。そこで行き着いた答えに思わず赤面してしまった。今が夜で良かったと思う。 「教授に、忘れられてしまったのかと、思って。」 呆れた表情を浮かべ教授は私に背を向けた。確かに子供じみた馬鹿らしい理由である。教授が心配してくれたというのに、申し訳ないがそれが事実なのでしょうがない。顔を上げられないまま歩く私の頭上で、小さく息を吐く音がした。 「また近いうちに来る。」 顔を上げると教授と目が合った。節ばった大きな手が頭の上に置かれる。教授はまたあの目をしていているような気がして、私が小さく名前を呼ぶと手を離した。それからは互いに何も話さずに夜道を歩いた。街に着く前に教授は私に此処までいいと、家に戻るように促し、私も大人しくそれに従った。 その2日後に、教授から手紙が届き、私はまた夕食を準備して彼の訪問を嬉々として待ちわびていたのは言うまでない。 <|◇|> |