Bit W



三人がフランスに戻り、私だけがイギリスに残って数日が過ぎた。昼間はテラスで読書をしたり、花壇の手入れをしている。夜は軽く食事を済ませると、家の近くを散歩する。マグルの住宅街から離れた森の中の小高い場所にある我が家の周りはとても静かだ。

今日は昼間の暑さにやられて一日中家の中で過ごした。お父さんの書斎の一人がけの座り心地の良いソファに寝転がり、高い天井まで続く本棚をただ眺めていると、一冊だけ背表紙にタイトルのない本を見つけた。梯子に上りそれを手に取ると鍵がかけられており、どうやら複雑な呪文がかけられているようで鍵は開かなかった。


「鍵穴があるから、どこかに鍵があるのかしら。」


好奇心にかられて、気だるげな体を動かして書斎を隅から隅まで探してみたが何も見つからなかった。もしかしたらお父さんの日記かもしれない。気にはなるが人の日記は見て良いものではない。水を飲むためにリビングに向かい、本をテーブルの上に置いて、私は再び床に寝転がり眠りについた。


目が覚めると窓の外はすっかり暗くなっていた。食欲はないので、水だけ飲んでテラスで冷たい風に当たる。テーブルの上に灯したキャンドルは魔法で点けたものではないので、時折風に消されてしまいそうになる。小さく揺れる明かりを見つめていると、表の扉が開かれる音がした気がした。こんな夜更けに誰か来たのだろうか。そもそも、この家を知っている人物を私は知らない。お父さんかお母さんの知り合いかもしれないが、生憎彼らは此処にはいない。急いで家の中に戻り玄関のベルが鳴ると同時に私はドアを開けた。

勢いが良すぎたせいかドアはその向こうに立っていた来訪者に音を立てて当たってしまい、私の口からは間の抜けた声が漏れた。


「貴様は、」
「どうして、」
「相手が誰か確認せずにドアを開けるな、無用心過ぎる。」
「、スネイプ教授が、なぜ此処に、」
「話を聞いているのか。」


そこに立っていたのは相変わらず眉間に皺を寄せたスネイプ教授だった。夏だというのに暑くないのか黒いローブも変わらない。ただいつもより顔色が悪い気がする。彼も暑さに弱いのだろうか。


「それは私の台詞です。どうして教授が此処にいらっしゃるんですか。」


ぴくりと肩眉を上がらせ私を見下ろす教授は呆れたように溜息を吐いた。彼が言うには今日訪れることを事前に手紙で知らせていたえらしいが、此処最近、ふくろう便を無視していた私はその手紙に気づくわけもなく、結局突然の訪問に驚く羽目になった。


「休暇中にも何かの研究をしてるんですよね。」
「ああ、普段は貴様らの相手で自分の時間が持てないからな。」


ティーセットを広げたテーブルに向かい合わせに座り、この家に教授がいる不自然さに居心地の悪さを覚えながら、彼の様子を伺った。


「ティナスがお前のことが気にかかるから、暇ができたら見に行けと連絡があった。」
「お母さんから?」
「暇ではないが、この地方に用もあったついでに来てみたら、ティナスの言うとおりだ。」
「お母さんはなんと、」
「お前が食事もろくに取らずに暑さにやられているだろう、と。」


まさにそのとおりで何も言えなかった。教授はそんな私の様子を見て嘲笑する。ふと何かを見つめ動きがとまった。その視線の先を見ると昼間にお父さんの部屋で見つけた本が置いてあった。


「それは?」
「父の書斎の本棚にありました。鍵がかかっていて開きません。」


教授にその本を手渡す。教授はその本の表紙に軽く触れ、眉間の皺を深くした。


「この鍵は。」
「探してみましたが、見当たりませんでした。もしかしたら父か母の日記かもしれないので、むやみに開ける必要もないですし、そっとしておこうかと。」


鍵の部分をじっと眺める教授の様子はいつもと少し違うように見えたので気になったが、本を私に戻し次に口を開いたときはいつもどおりだったので、私の気にしすぎだったのかもしれない。


「今日は今からホグワーツに戻るんですか。」
「そのつもりだ。」
「もっと早い時間に来てくださってたら夕食の準備もしたのに。」
「貴様の世話になる気はない。大体ティナスも料理はそれほどうまくはなかった。」
「母はそうかもしれないけですけど、私だって一応料理くらいは。」
「ティナスも以前に同じようなことを言っていた。」


ゆっくりと席を立ちローブを腕にかけて教授は玄関へと向かう。その後を追うようにして歩く。
扉を開ける前に教授はこちらを振り返った。


「貴様に何度注意しても意味はないだろうが、注意力不足は命取りだ気をつけろ。」
「次回からは確認して玄関を開けます。」
「それもだが、貴様は無用心すぎる、女一人でいるのを忘れるな。」
「それは、そうですね、気をつけます。」


ふんと鼻を鳴らし教授は一歩外に出る。久しぶりに人と話したせいか、少し人肌恋しくなってしまったのか、寂しさがじんわりと顔を出してくる。けれどせっかく来てくれた教授の機嫌を悪くはしたくないので、その感情を悟られないように笑顔を向けた。


「これから毎日手紙の確認をするように。」


そう言い残して教授の姿が一瞬で消えた。ついさっきまでそこにいた人に伸ばした手が宙をきる。

「手紙、か。」


また来てくれるのだろうか。だとしたらとても嬉しい。この寂しさも一瞬にして拭い去られる。次は夕食を準備して待っていよう。教授も驚くくらい手の込んだものを。