Bit X



「まず、私は貴女に謝らなければいけないわ」


広間から離れた一室、テーブルを挟んで互いに向かい合うように座った私をお母さんは真っ直ぐ見た。私は冷え切った体を淹れ立ての紅茶で温めるのをやめ、お母さんの方に顔を向ける。


「あの日、貴女に真実を自分の口で言わないまま貴女を突き放したことを、貴女に許して欲しいとは言わない。貴女が私を憎んで、恨んでも足りないほど、私は貴女に母親として酷いことをしたわ、本当にごめんなさい。」


取り乱して私の肩を強く掴んだあの日とは正反対に、今のお母さんは落ち着いていて、けれどあの日以上に哀しみの色をその目に浮かべているように思えた。私は小さく息を吸って、口を開く。


「お母さんの、色んな話はね、お父さんから聞いたの。ほら、私自身のこととか」
「貴女がイギリスに行った後、ランタナから聞いたわ」
「そう、それでね、私、」


スネイプ教授のことを言うべきか躊躇したが、結局彼の名前を口に出した。お母さんは私がそのことについて話すことを予想していたのであろう、哀しそうに微笑んだ。


「私も、彼がまさかホグワーツに居るなんて思いもしなかったわ」
「教授は、凄く真面目な人で、私が感情に任せてお母さんのことを言ってしまっても、決して口外なんてしない、と言って下さったの」
「ええ、彼はそういう人よ。少し、いいえ、だいぶ不器用だけれど」


そう言って、私の目の前に手紙を一枚置いた。私はその封筒に書かれた文字に見覚えがあり、驚くように、その差出人の名前を声に出した。


「スネイプ教授?」


お母さんは小さく頷いた。封筒を手にとり宛名を見ると、ティナス・、お母さんの名前が書かれている。封は既に切られていた。


「ランタナが貴女に手紙を送る前に彼からその手紙が届いたの」
「お父さんからの手紙って、今日届いた?」
「ええ」


となると、スネイプ教授はつい先日、お母さんに手紙を送ったことになる。一体、何を、何を彼はお母さんに伝えたかったのだろう。封筒に視線を向けたままの私に、お母さんは手紙を読むよう促した。


「でも、教授はお母さんに」
「そうね。でも私は貴女に読んで欲しい」


お母さんと封筒を交互に見て、私は封筒から便箋を取り出し、その文面に集中した。スネイプ教授の文字は相変わらず綺麗だが、いつもよりも少し雑にも思えた。



父の墓で会った数日後、お前の娘と話す機会があったが、どうやらお前の娘はお前にも、まして私の父にも似なかったようだ。
感情に流されているのかと思えば、突然冷静になり、何もなかったかのように振舞う。自分の感情のままに動いていたお前の学生時代とは正反対ではないか。育った環境の違いだろう、きっと。
の話によると私と血の繋がりがあるらしいが、私をお前達の問題に巻き込もうとするのは止めていただきたい。実に不愉快だ。
私は血の繋がりに固執するような人間ではない。もちろん他人の問題に首をつっこむなど、私がすると思うか?お前の娘はなにやら誤解をしているように思える。
最後になったが、父の墓に行くのはもう止めろ。だがお前が自分の娘を失っても良いというなら、止めはしないがな。



手紙の中でも棘のある物言いに少し驚いた。それよりも驚いたのは遠まわしだが確かに感じる教授なりの優しさだ。どうして教授がこんな手紙を、などという疑問は直ぐに消えた。教授はお母さんを私に会うように説得しようとしてくれたのだ。そして、私もまた教授に背中を押され、此処に戻ってきた。


「ランタナはお婆様の葬儀に貴女に帰ってきて欲しくて、でも私のこともあるから悩んでいたみたいだった。私は、貴女がホグワーツにいって数ヶ月の間、色々考えたわ」
「色々って」
「私がしたことの酷さ、ランタナやお婆様に対する申し訳のなさ、でも一番は」


テーブルの上で握り合わせていた両手を解いてお母さんは教授からの手紙を手にとって、悲しそうに笑った。


「信じられなくて当然だけれど、貴女に、に会いたかった」
「お母さん」
「私は一番に自分自身を選んでしまった。貴女を突き放してしまった。だから余計、貴女に手紙を送ることができなかった、当然会いたいなんて言えない。私は母親としても、人間としてもしてはいけないことをした。それでも、貴女は戻ってきてくれて、私をお母さんと呼ぶんだもの。セブルスが言うとおり、私にも、あの人にも似なかったわね。」

涙を浮かべて笑うお母さんを見て、私はどうして自分の母親を憎めるだろうと思った。憎めたらどれほど楽だろうと思うこともあったが、そんなこと出来なかった。私はお母さんの気持ちを理解できるほど大人でもなく、かといって幼くもない。


「あのね、お母さん、ずっと聞きたかったの」


心臓が苦しいくらいに脈を打つ。それに負けないように深く呼吸をしてお母さんを真っ直ぐ見た。


「私のこと、また愛してくれますか」


嗚咽しながらも、お母さんは何度も頷いて私の手を両手で強く握った。


私たちが居ないことに気づき部屋に入ってきたお父さんと目が合い、私は涙で顔が濡れたまま笑うとお父さんは骨張った大きな手で頭を撫でてくれた。その後すぐにやって来たセシィもまたこの光景をみて心配そうに私とお母さんの頭を撫でた。それが可笑しくて思わず笑ってしまった。


「さあ、行こう。僕たちが行かないとお婆様が哀しむよ」


お父さんの言葉に頷いてセシィと手を繋いで、お母さんに肩を抱かれながら部屋を出た。スネイプ教授からの手紙をワンピースのポケットにしっかり入れて。