賑わう廊下の隅で一人、白い花びらが風に舞い、飛んでいくのを眺めていた。 Bit V 休暇も終わり、寮生の笑い声で賑わうハッフルパフの談話室のテーブルの上に見慣れた梟が一羽止まっていた。開けっ放しの窓から入ってきたのだろう。羽根を繕い目の前へと現れた私を見て一声鳴いた。 「私宛の手紙で構わないわね?」 頭を撫でてて手紙を受け取り、宛名を確かめる。思っていたとおり「・」の名が黒いインクで書かれている。赤い蝋が落とされた封を開け、中身を取り出す。 「?どこにいるの?」 階段の奥のほうから聞こえたの声に返事をして、ローブの内ポケットに手紙をしまった。 「何してたの」 「梟が手紙を届けてくれたのよ。わざわざ部屋まで来るんだもの驚いたわ」 「それはせっかちな梟ね」 「私もそう思う。あ、」 「何?」 「私これから提出し忘れたレポートをマクゴナガル先生の所に持っていかないといけないの」 「マクゴナガル先生?、貴女って時々怖いもの知らずだわ」 「大丈夫よ、先に謝りに言ったもの」 「そう、それじゃあ私はスティリッシュといつも通り、クィディッチの練習を観に行ってるからね」 「分かった。じゃあまた後で」 と階段の手前で別れ、下の階へと続く階段を駆け下りた。私の走る音が辺りに響く。廊下を歩く生徒の間を早歩きで潜り抜け、マクゴナガル先生のいる教室へと急いだ。 「マクゴナガル先生。・です」 ノックするとゆっくり扉が開いた。教室の奥でマクゴナガル先生が本棚の前に立っているのが見えた。私の姿を捉えた先生は微笑み、教卓の前に来るよう指示した。 「提出が遅れてまった分、言われていた時間よりも早く来たのですが、読書のお邪魔をしてしまいましたか?」 「いいえ、気にすることはありません。ですが、提出期限は守るように心がけなさい」 「はい」 本棚の前から離れ椅子に座ったマクゴナガル先生にレポートを手渡した。自分なりに良い出来だったのだが、提出が遅れてしまい減点になってしまったことが残念だ。 「ホグワーツにはもう慣れましたか?」 レポートに目を通しながら先生は私に尋ねた。 「あ、はい。」 「・・・初めて貴女を見たとき」 「迎えにいらして下さった日のことですか」 「ええ。すぐに貴女だと分かりました」 「え?」 「貴女のお母様、ティナス・に本当に良く似ていましたからね」 そう言って微笑んだマクゴナガル先生の言葉に心臓が激しく脈打った。 確かに髪の色も眼の色も母親譲りだ。フランスに居た頃も、会う人会う人に「そっくりだ」と言われた。此処に来て、その言葉を聞くことも無かったため、マクゴナガル先生にそう言われたことにより、ここ数日、フランスのことも、お母さんのことも、スネイプ教授とのことも、すっかり忘れていたことに気がづいた。 いや、忘れていたというよりも、自然と私の中で受け入れていたのかもしれない。全てを。 「?どうしました」 「え、ああ、いえ何でもないです。あ、私は寮に戻っても構いませんか」 「ええ、どうぞ。これは明日の授業の終わりに返却します」 「分かりました。失礼します」 教室を出ると、先程まで生徒で賑やかだった廊下が嘘みたいに静まり返っていた。私の足音が一層響く。何故、こんなに静かなのだろう。そんなことをぼんやり考えながら、ひどく遅い足取りで歩いていると、クィディッチの練習場から歓声が上がった。ああ、あれが原因か。練習からいつの間にか熱戦になることは良くある。 そこでやっとローブの内ポケットにしまった手紙の存在を思い出した。少し皺のついてしまった封筒から中身をだし、窓に凭れかかって、手紙に目を通す。 私の愛しい娘、 毎回その言葉から始まるお父さんの手紙。愛しい娘。私の愛しい娘。何て温かく私を満たしてくれる言葉なのだろう。いつもそう思った。 だが、その幸せも次の言葉で消え失せ、私は首を強い力で絞められたような感覚に陥った。 「嘘」 音が聴こえない。 息が出来ない。 手が震える。 足が震える。 「」 私を呼ぶ声が聞こえた。この声はスネイプ教授だ。 「何をしている」 「教授、」 「・・・?」 一瞬遮断された世界は音を取り戻し、私は混乱した頭の中を整理できないまま教授を見た。 「教授、」 赤い、赤い、蝋の封が頭を過ぎる。 「フランスのお婆様が昨夜亡くなったそうです」 私の知らないところで時間は過ぎ、私は生温い偽物の現実の中にいたのだろうか。お願いだ、誰か答えをくれ。どうしていいのか分からない私に。 <|◇|> 揺らめく虚像、裂かれた夢の余韻。 |