冬の長期休暇が終わる3日前。



Bit T



年末の大掃除の時、この温室を片付けていたスプラウト先生の手伝いをしていたら、奥の小部屋から椅子が一脚出てきた。足が四本、背凭れには木彫りの薔薇の絵、クッションは深緑に金色の縦縞が入っている。その椅子をスプラウト先生は温室にある小窓の隣に、小さなテーブルと一緒に置いて私が来たときに何時でも座れるようにしてくれた。

そして今日も、椅子に座って窓から差し込む陽射しに眠くなりながらも、図書室で借りた本を読む。そもそも珍しく暖かい日に温室に引き篭もる私は何て暇人なんだ。

(後3ページ・・・。ああ、でもこの3ページを読む前に寝てしまいそう)

欠伸をしてページを捲った瞬間、温室の扉が開く音がした。レンガの小道を歩く足音が聞こえてくる。靴底を擦る音ではなく、靴の踵とレンガがぶつかり合う音。スネイプ教授だ。


「こんにちわ、スネイプ教授」
「・・・何をしている」
「見てのとおり読書です。スプラウト先生からの許可は3週間前から頂いてます。」


淡々と言葉を紡いだ私が少し気に障ったみたいだったけれど、教授は奥の部屋にある薬草保管庫へと足を進めた。また、薬草が無くなったのか。休暇に入り、私が温室で一日を過ごすようになってから一週間ほど、教授は授業のせいで手を付けることの出来なかった実験に専念しているようだ。最近、スプラウト先生に薬草を貰いに良く温室へと訪れていた。


「以前ここに置いてあった薬草は」


半開きの扉の隙間から教授の声が聞こえた。席を立って教授のもとへと歩み寄る。


「スプラウト先生が他の温室へ移されたようですよ、年末の大掃除のときに」
「他の温室?」
「はい。確か・・・、授業用の温室だったと思います」


授業にしか使わない薬草だから、スプラウト先生がそう言っていた記憶がある。教授はそれを聞くと眉間に皺を寄せて、小さく溜め息を吐いた。無駄を嫌う人だ、きっと、授業用の温室へ足を運ぶのが面倒なのだろう。


「どうされました?」
「授業用の温室と言ったな」
「ええ、言いましたけど」


また一つ教授は溜め息を吐いた。一体、どうしたのだろう、そんなに悩むほど面倒なことじゃない、何か不都合があるのか、それとも他の何かか。とにかく私には分からなかった


「スプラウト教授は?」
「今日は私用で出掛けているようです」
「マダム・ポンフリーには会ったか?」
「いえ、医務室に用事はないので、会ってません・・あの教授」
「何だ」
「何か問題でもあったのですか?」


ばつが悪そうに視線を逸らした教授を疑問符を浮かべるように見ていたら、本日3回目の溜め息が聞こえた。この人の人間らしい仕草を久々に見た気がする。


「・・・薬草をきらした」
「授業用の温室にあるのは・・・」
「授業用の温室の薬草も2日前にスプラウト教授から譲ってもらったのだ」
「教授?」
「面倒だが買いに行くしかない。」


ローブを翻し、温室のドアノブに手をかけ、出て行こうとした教授が小部屋の扉の前で教授の後姿を眺めていた私を振り返り見た。また私は頭の上に疑問符を浮かべることになる。


「休暇中、ホグワーツから出たか?」
「一歩も出てませんけど、一緒に出かける相手もいませんし」
「・・・ホグズミードに行く、今日は荷物が多い」
「そうなんですか」
、お前も来い」


一瞬、時間が止まったような感覚に襲われる、教授の「早く来い、日が暮れる」という声に我に返って急いで後を追った。一体、どうしたのだ、私を買い物の手伝いに付けるなんて。スリザリンの生徒も何人かいたはずだ。








ホグズミードへと行く汽車に乗り込んで、コンパートメントに入る。目の前に座った教授はローブを腕にかけて、窓の外へと視線を向ける。私は膝の上に乗せた自分の掌をじっと見ていた。通路を行くカートの音がやけに響いた。


「温室でお前が読んでいた本だが」
「・・・はい、」
「お前には、少し難しすぎないか」


確かに教授の言うとおり難しい内容だ、でも変身術の宿題に使うための資料が他の生徒に借りられてしまい、その本しか残っていなかったのだ、しょうがない。


「そう、ですね。でも後3ページで読み終わります」
「そうか」


会話はそれで終わったしまったけど、教授の様子を窺うように顔を上げてみれば、教授は最初と変わることなく窓の外を見ていた。黒い髪が窓の隙間から入り込む風に小さく揺れている。


「フランスも今日のイギリスみたいに晴れてますかね」
「私が知るわけがない」
「晴れてるといいですね」


そう言って私は笑った。陽射しが眩しくて良く見えなかったけれど、教授も微かに口元に笑みを浮かべているように見えた。


ホグズミードまで後30分。






静かに眠りに付くように。