白い花を片手に
微笑む先は誰でもない貴女に
消え行く白を追いかけて
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冬の長期休暇がやってきた。
は初日の朝にやっと荷物を纏め終えて、笑顔で校舎を去っていった。緩やかなウェーブの髪をふわふわと揺らしながら手を振っていた彼女を思い出して、気持ちは爽やかな朝に似合わずどんよりと濁った。
帰宅した生徒達が戻ってくるのは当然休暇明けで、私は一人、広すぎる大広間で空に似せた天井を溜め息を吐いて見上げた。正直なところ寂しいのだ、一人で居ることが。
「早く休みが終わらないかしら」
「あっという間に過ぎていきますよ」
独り言のはずだったのに、返事が返ってきたから、驚いて振り向いた其処には、スプラウト先生が笑いながら、白い花の咲いた植木鉢を抱え立っていた。
「お早う御座います。スプラウト先生」
「ミス・、せっかくの清々しい朝なのよ溜め息なんておよしなさいな」
「そう、ですね。・・・スプラウト先生、その花は?」
腕の中にある植木鉢に視線を向ければ、スプラウト先生は困ったように眉を下げて、肩を竦めた。一体どうしたのだろうと問えば、溜め息を一つして先生は言った。
「この花、もとは綺麗な黄色だったのだけれど、誰かが触ってしまったみたいで」
「もとは綺麗な黄色?」
「人の体温で色がすぐに落ちてしまうのよ」
その変化を起こす花に当然見覚えはあり、以前温室でサンビタリアに似た花を触って一瞬で白くなった、あの花を思い出した。きっとその時の花だろう。時間が経てば色も戻るだろうと思っていたのだが、どうやら、そういうわけではないらしい。
「あの、色は元に戻るんですか」
「元に戻す薬が、私もマダム・ポムフレイも切らしてるみたいで」
「先生、もし宜しかったら その花、私に譲ってくださいませんか?」
「それは構わないけれど。そうね、スネイプ先生の所へ行ってらっしゃい」
何故、スネイプ教授の所なのだろうと、花を受け取ってスプラウト先生を見たら、「確かスネイプ先生が色を戻す薬を持っていたはずだわ」と微笑んだ。小声で、「失礼のないようにね」と付け加えて。
スネイプ教授の自室へと行くのはこれで二回目だ。地下へと続く階段を、今度は踏み外さないようにゆっくりと降りる。
下へと行くにつれて息が白くなっていく、夏はきっと涼しいのだろう。だが今は冬だ。指先は冷え切ってしまった。階段を降り終えた先に見えた扉を控えめにノックを2回して、半歩後ろに下がる。ギィと音を立てながらドアは開き、部屋の主の教授が姿を現した。
「お早う御座います、スネイプ教授。」
「何の用だ」
「名前を知らないのですが、花の色を戻す薬をお持ちでしょうか」
「花の色?・・・ああ、温室に置いてあった花のことか」
入れ、とドアノブを持ったまま教授が私を見下ろす。私が入り終えた後ドアは閉まり、教授は薬品が並んだガラス張りの棚の前で顔を顰めた。ガラスをなぞる指先は綺麗とは言えないが、魔法薬学の教師としてホグワーツに何年もいるのだ、指先が荒れるのも当然か。
「薬を切らしている、薬剤庫にあるはずだ」
「そうですか、それなら良、」
「何をしている。早く来い」
言葉を遮られ、手に持っている植木鉢から視線を上に向けると、教授は扉の前にいて、睨むように私を見ると扉を開けた。
小走りでその黒いローブが波打つ後姿を追いかける。薬剤庫までは地下牢からはそう遠くはないが、吐く息が白くなるほど校舎の中は寒かった。それでもやはり教授の部屋へと続く階段の方がもっと寒いだろう。
薬剤庫は広いわけではないけれど壁一面、天井まである棚にはびっしりと薬品の入った瓶が置かれていた。教授の目の高さにある棚も、私は見上げないといけないくらいだ。緑色の小瓶を手に持った教授が私を呼ぶ。植木鉢の上に透明の液体を一滴落とすと、花は色を取り戻した。
「有難う御座います」
「薬は残り少ない。 手が触れぬよう気をつけることだな」
「分かりました」
薬剤庫を後にし、私は寮へ教授は自室へと戻る途中、開かれたままになっている窓から雨が降り込んでいた。朝は雪が降っていたというのに。白銀の世界はあっという間に白を失っていく。
「また雨か」
教授が窓を閉め外を見て呟いた。窓ガラスに雨粒が引っ切り無しにぶつかっている。廊下にできた小さな水溜りを魔法で消し、教授の隣へと行く。教授は灰色に濁った空を見上げていた。空は稲妻が走ったかと思うと大きな雷鳴を響かせた。雷を見てふと思い出したのは、この音が鳴るたびに、肩を揺らして小さな悲鳴を上げるお母さんとセシィだった。そんな2人の姿を、お父さんと顔を合わせて苦笑いをしていたのだ。
「雷は嫌いじゃないけれど、悲しくなりますね」
「ただ五月蝿いだけだ」
教授らしい言葉に心の中で笑って、空を見上げる彼の目を見ていた。黒い瞳は灰色の空ではない、違う何かを映しているように見えた。
「雨、止みませんね」
<|◇|>
Bit第二章終了
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