降り止まない雨の地面を打つ音がやけに遠く感じた



Bit \



母親に愛してもらえないというのは子供からしてみれば、何よりも辛いことで、私の場合、ある日突然、ああいうことになってしまったから、悲しいや辛いやら、そういう感情が込み上げてきたのはホグワーツに来てからだった。

ましてや其処に血の繋がりのある兄がいたというのだから、なるべく、その出来事から離れようときた此処で、私の素性が明らかになる可能性があるということが怖かったのだ。


客観的に、第三者目の目で見てみるとする。
母親と昔の愛人との子供で、その子供を産んだ母親自身が、生まれた子供を拒否したとなると、周りはその子供を哀れむだろうし、同情もするだろう。

中にはそういう過去の経緯があって生まれてきた子供を、忌むような目で見る人間も居るかもしれない。それと同時に母親が悪く思われることもある。そうなるのが嫌だったから、ホグワーツに来た理由も「フランスに馴染めなかった」、そういうことにしていたし、スネイプ教授との接触もできるだけ避けようとしていた。






「――――本当に、お母さんが そう言ったのですか」
「私が嘘を言う必要などない」


いつだって私は教授に疑問を抱いていて、教授が何かお母さんのことを口に出せば、何故知っているのだと問い詰めたかった。けれどそうさせなかったのは教授の持つ、他人が自分の心の内に入る込むのを許させない雰囲気。

今だって何でお母さんがそう言ったことを教授が知っているのか気になって仕方がないし、もしかしたら私が話す前に教授は私との関係を知っていたのではないか。疑問は膨らむばかりで、それと同時に心臓が握り潰されるような苦しさが増す一方だった。


「大体、私がホグワーツの人間にお前のことを言ってまわるとでも思っているのか」
「・・・そういうわけではないですが」
「なら何だ。私が口を滑らすとでも?」
「いえ、教授に限ってそんなことは」
「分かっているのなら宜しい。」


珍しく饒舌な教授は、「宜しい」と言った後、声を出すわけでも肩を揺らすわけでもない、ただ静かな笑みを浮かべた。いつもの見下すような、馬鹿にしたものではない、何かに満足したような、少なくとも私にはそう見えたのだ。


「ミス・
「・・・、何でしょう」
「後5分で夕食の時間になる、寮に戻れ」


リーフの真ん中に3枚の花びらがついた、変わった外見の時計が午後7時前を指している。あ、と声を漏らしてカーテンの隙間から外を見れば雨が止む気配は全く無く、逆に激しくなる一方だ。この調子でいけばきっと明日まで降り続くだろう。


「教授」
「何だ」
「一つだけ、聞かせてください」


雨の音に急かされるように声を出した。鼓動はドクンという音が聞こえそうなほど。教授を見上げて大丈夫だと自分に言い聞かせて、本を握る手に力を込める。


「教授は、最近、母に会いましたか」
「半月程前に、田舎にある墓地で会ったが」
「その時の、・・・その時に母は、笑っていましたか?」
「・・・ああ、相変わらずだった」


今まで重かった体がふわりと軽くなった気がして思わず笑みがこぼれた。
そうか、お母さんは笑っていたのか。それが嬉しくてたまらないのだ。あんな形でろくに話もしないまま別れてしまったから、お父さんから届く手紙の内容だけでは、私の心配と不安は消えるはずもなく、ずっと気掛かりだったのだ。


私はホグワーツで何だかんだ言っても楽しく過ごしているけれど、お母さんは優しいから今でも泣いているかもしれない。


「相変わらず、ですか、・・・有難う御座います。」


教授に一礼をして横を通り過ぎ温室から出た。外の気温は凄く低いだろう、一気に体が冷えて鳥肌が立つ。本が濡れてしまわないように両腕で抱えて校舎へと続く一本道を走って帰った。後ろは振り返らずに、雨のせいでぼやける視界で前だけを見て。


「大丈夫。もう、何も恐れることはないのよ


自分で自分にそう呟く。

教授と関わることを、家族が離れていくことを、このホグワーツでの日々を失うことを、恐れていた自分が妙に可笑しくて、少しだけ腹立たしかった。
何故、信じようとしなかったのだろうと。今からでも遅くないというなら、もしそうだとしたら、今から信じていこう教授のことも、家族のことも、私が過ごすこの日常も。あんなに悩んで月を見上げていた自分に言ってやりたいくらいだ、 「、ちゃんと前を見て歩け。」



「―――ねえ、お母さん。私は此処で頑張ってみるわ」



降り止まない雨の音が私の言葉で掻き消される。











「サンビタリア、お前の娘はお前と同じように笑うが」


温室に並べられた花にスネイプの指先が触れた瞬間、黄色い花弁が一瞬で白くなった。


「どちらにしろ、私がしてやれることなど無いに等しい」


あの少女に母親のことを語るだけ。けれど、それだけで少女は哀しんで、怒り、笑うのだ。何があったとしても母親を愛していると、彼女と同じ色をした瞳で言う。


「早く忘れるべきなのだ、父のことなど」


その言葉を何度、彼女に言ってきただろうか。何故、己がそんなことを彼女に言ってきたのだろうか。

雨の音に、問いかけるような独り言が掻き消されていく。






雨が奏でる少女の足音。