辛いのアナタだけじゃない
涙を忘れてしまったのもアナタだけじゃない

誰かがそう言った気がしたんだ



Bit [



あれから何事もなく時間が過ぎた。

私は以前と何も変わらないまま授業を受けて寮に戻り、宿題をしたり友達と喋っていたり。時々、人誘われてクィディッチの練習を観に行くこともあったけれど、授業以外で教授と会うことはまず無かった。廊下ですれ違うことも、大広間に居るときも。それはまるでお互いに避けあうことから生まれた必然。



ホグワーツの行事の殆どが終わり、もうすぐ冬の長期休暇が近づいてきた頃の休日。ハッフルパフは家に帰るために荷造りを始めた生徒で賑わっていた。も大きなトランクに中々入らない荷物を半ば無理矢理押し込んでいる。

そんな中、私は一人でソファに座り、図書室でまた借りてきた「切り取った小さな妖精の羽根」を読み返す。決して楽しい話ではないのだが、不思議と飽きはしなかった。


は帰らないの?」


荷物をまとめ終えたが疲れたようにどさりと向かいのソファに座る。緩いウェーブの髪がふわりと軽く揺れた。


「ええ、家はフランスだから、戻るのが大変なの」
「フランスかあ、いいわね、私も一度行ってみたいわ!
「そうね。ああ、でもフランス語は難しくて私は苦手よ」


その位どうにかなるわ。そう、が笑いながら言った途端、女子寮の一室からを呼ぶ声が聞こえ、どうしたのだろうと部屋へ行ってみると、トランクに無理矢理詰められていたの荷物がベッドの上に散乱していた。


、無理矢理詰め込みすぎたんじゃないの」
「・・・そうみたいね」


がくりと肩を落とし、壊れたトランクの鍵を直したは、今度は綺麗にたたんで、荷物を入れだす。それでもトランクは元の形よりも幾分、丸くなっているような気がしたのは私だけだろうか。

荷造りに励む寮生の邪魔をするわけにもいかないので、本を片手に寮を出る。庭と繋がっている石造りの廊下は鳥肌が立つほど寒くて、吐く息は白くなる。この時間帯なら図書室よりもスプラウト先生の温室の方が暖かいだろう、そう思い、風が冷たい外を目的地へと足を速めた。葉が落ちた暴れ柳が寒そうに幹を震わせている。









スプラウト先生の温室は土臭いというよりも、花の匂いの方が強かった。花のプランターが並ぶ棚には態と近づかず、仄かに匂いが香る辺りに座り込んだ。魔法で一定の温度を保っている温室は心地良くて、眠りに誘われるというのはこのことなんだろうと、透明の天井から空を見上げながら思った。

灰色がかった雲がゆっくりと動く。もうすぐしたら雨が降り出すだろうと思っていた矢先、ガラス張りの温室の屋根に、小さな音を立てながら雨が降り出した。幸いホグワーツの温室の中でもスプラウト先生の温室は作りがしっかりしていたから、室内に雨が入ってくる心配はなかった。


「――――ミス・


壁にかけられた淡いクリーム色をしたカーテンを閉めようと立ち上がった瞬間、低い声が雨の音に掻き消されない程度に聞こえた。カーテンを持つ手が小刻みに震える。

雨に濡れた黒いローブを腕にかけ、スネイプ教授が立っていた。杖を小さく振り、ローブについた雨の滴を一瞬で乾かして、ふわりと言うよりも「ばさり」そんな効果音が似合う重たげなローブを、教授は普段と同じように羽織る。


「スプラウト教授からの許可をとっているのか」


足を進める気配は全く無く、教授は私に問う。返事をしようとしたけれど声が上手く出なくて、手の震えが足へと伝わりカーテンを握る力を強める。私のそんな様子に気付いたのか、教授はゆっくりと私のもとへ近づいてきた。それはいつもとは違っていて、近づく者を威嚇する動物を宥めるような、そんな雰囲気に近かった。ああ、私はそんなに怯えているように見えているのか。


「長期休暇中フランスへは―――、いや、その様子では帰らないようだな」
「・・・・、はい」


優しいとは言えないけれど、普段より幾分柔らかいその物言いに、顔を上げることは出来なかったが、小さく頷き返事を返した。1メートル半、その位の距離を残し教授が歩む足を止める。黒い影が揺れるのが見えた。


「怪我は?」
「全て、治りました」


教授の自室へと続く階段を踏み外した時の傷はすぐに治り、跡も残らなかった。それ以来、教授と授業以外で会うことは一度もなかったため、お互いに相手のことを知る手段など何一つなく、当然私の怪我の具合など教授が知っているわけもなかった。


「・・・考えていたのだが」
「え?」
「私とお前に、血の繋がりがあったとして」


教授の視線は棚に並ぶ白い花へと移され、一瞬だけ言葉が途切れたが、また再び雨の音以外は何もない静寂の中に声が響く。


「一体何に、、お前は恐れるのだ」
「・・・・・」
「お前は母親の愛を失ったと言うが、果たしてそうだろうか」
「・・・何故、そう思うのです?」
「子供を愛していない親が―――――――」



降り止まぬ雨は更に激しさを増し、地面を濡らしていく。



「何ゆえに、愛したいのに愛せないと、そう言うというのだ」




涙が頬を伝い、足元へと落ちた。






Rain does not have a sign to stop at all.