Bit Z 「・・・馬鹿げたことを」 掴まれていた手首が解放され、教授は私を一度睨みつけ一歩下がった。驚いているようにも困惑しているようにも見えない、ただ私を見ているだけだ。 「教授が言えと仰ったので言ったまでです」 乱れた髪を手櫛で直しながら、一向に目の前から動く様子の無い教授に笑いかける。胸の奥で静かに湧く興奮の波を通り越して、今の私は驚くほど冷静だ。それはお母さんに真実を述べられた日の私と似ていて、泣き崩れるお母さんを見ながらすんなりと事実を受け入れた自分を思い出した。 あの時の私は、自分の中に生まれた小さな怒りから目を逸らしたくて、平静を装い、お母さんが何に対して怯えているのか不思議に思う振りをした。あの時、誰よりもその状況を恐れ、これから起こることに怯えていたのは、お母さんではなく、私だったというのに。 「ああ、もしかしたら、教授が知りたかったことではありませんでしたか」 もしそうだとしても別に構わない、そう開き直ってしまえば笑いが込み上げた。私がその事実を隠し続ければ失いたくない平穏の中で暮らして、ただ時間が過ぎていく。けれど、常に不安は後ろ合わせで、それならいっそのこと言ってしまえばいい、その衝動に駆られる夜を幾度となく過ごしてきた。矛盾した二つの感情が私を苦しめていたのだ。 「本当は隠し続けると決めていました。私と教授はただの教師と生徒でいいんです」 「そう思っていたのなら、何故言った」 「・・・何故でしょう。その場の雰囲気に流されていたのかもしれません」 微笑む私の前から離れ、椅子に腰掛けた教授は、先程とは違い私を睨むことなどせず、考え込むようにじっとテーブルの上にのせた己の手を見ていた。 一体何をそんなに考えている、私が知っているセブルス・スネイプなら鼻で笑って、「それが一体なんだというのだ、私には関係ない」そう言うと思っていたのに。 同級生の子供が自分の血縁者だった、それが嫌だと思うのなら否定すればいい。そうだ、何も考える必要など無い、お前など知らないと言ってしまえばいいのだ。なのに、何故。 「、お前はサンビタリアを憎むか」 教授の口から紡がれた言葉に目を見開いた。相変わらず静かな地下のこの一室には冷たい空気が漂っていて、壁に張り付いたままの背中は、階段から落ちたときの痛みが微かに残っているせいか、熱を持ったように熱い。 母親を憎んでいるか、そう問われ首を横に振る。憎めるわけがない。例え一瞬でも怒りを覚えたとしても、お母さんは私の母親で、優しく微笑む姿に偽りの優しさと愛情を見たことなど一度もなかった。 「ティナス・サンビタリアはお前を以前と変わることなく愛している」 「教授、それは私が一番欲しい言葉なだけで、現実ではありえないことです」 「なぜそう断言できるのだ」 「愛せないと言われ、ずっと待っていた手紙は貴方の元へ届いた」 私のお母さんへの愛は変わることなく、 私へのお母さんの愛は既に朽ち果て 温もりを失った感情は消え失せ私の存在さえも消してしまう。 「私の幸せを壊さないで」 「貴女を もう 愛せない」 「・・・私は もうここに居てはいけないのね」 「私、父親が違っていてもお母さんもお父さんも愛してくれると思ってたんだ」 「イギリスに戻って ホグワーツに通うことにしたから」 「・・・魔法薬学を担当している セブルス・スネイプだ」 (何で笑わないの) (貴方はいつまでも写真の中のままみたい) 「ティナス・サンビタリアの娘らしいな」 「必要ないものなんて無いと、私は思いたいんだけどな」 「その眼で何を見ていたのですか」 「あの手紙を読んで分かっただろう。彼女は私の父のことを今でも愛している」 「初めまして、お兄様」 林檎の欠片は埃まみれの床に落ちて 拾われることなく、捨てられることもなく どこにも行けないまま水分を失って腐っていく 誰でもいい、誰か私を掬い上げてはくれなゐか <|◇|> |