Bit Y ティナス・サンビタリアから送られてきた手紙を読んでいくうちに、彼女が自分に何かを言おうとして、言えずに迷っているのが直ぐ分かった。 昔から彼女は人に何か言うべきか迷っているときに限って、どうでもいいことを話すのだ。それは決まって社交辞令のような内容から始まり、先日起こった出来事や授業のこと、その癖が大人になっても手紙にまで表れる彼女に内心苦笑いを零すばかりだった。何も変わっていない。 だが、結局何が言いたかったのか分からないまま手紙の文は終わってしまった。 ふと目の前に座った自分の生徒は、この手紙の差出人の子供で、風貌は学生時代のティナス・サンビタリアを思わせるものがあった。黒い髪はそれこそ記憶の中の彼女と重なる。 それと共に、自分の父親の隣で笑う彼女の姿も思い出させた。父は決して人に笑顔を見せることはなかったが、彼女の前では良く笑っていた。2人でいることが何よりも幸せだと言わんばかりに。 「あの」 紙面に目を向けたまま考え込んでいたそのとき、控えめな少女の声が聞こえた。つい先ほど自分が客用にと用意した紅茶を一目見て、生徒達が紅茶に角砂糖を何粒も落とす大広間での夕食の光景を思い出し「砂糖なら奥の棚だ」と言えば、「いえ、頂いても宜しいのでしょうか」という言葉が返ってきた。 断りをとる少女に感心し、それに応えるように短く返事をした。 (ハッフルパフと言えど、両親が名家の血筋なだけはある) スリザリンは必然的に名家の子供が集まることが多い。少女の母親もまた、小さな家ではあったが、それなりに名の知れた家だった。礼儀を学んだ子供は大人び、生意気ではあるが、学んでいないよりは断然良い。それが自分の考えであったし、自分自身そうであったのだ。 もう一度手紙へと視線を戻し、サンビタリアが言おうとしていることを探してみたが、結局、なにも分からない。ふと顔を上げた時に少女の伏せた瞼を見て、思った。 なら分かるかもしれない。 それに根拠がないのは自分でも正直驚いたが、内心何処かに確信があった。何か知っているはずだと、自分の母親のことぐらい何か、何か知っているだろうと。それが全く関係ないものであればしょうがないし、もしかしたら知っているかもしれない。例えば自分の母親が今でも愛している父親以外の男の話だとか。 深く考えるよりも先に口に出してしまったのだ 「」 「え、ああ・・何ですか?」 ソーサーにカップを置きこちらへと顔を向けた少女は、一体何なのだろうと、まるで頭の上に疑問符を浮かべたような顔をしている。 テーブルの上を滑らすように少女の前へと手紙を置いた瞬間、微かに顔つきが変わったのを見逃すわけがなく、やはり何かあったのかと憶測が確信へと変わりつつあった。 サンビタリアに、父の墓前で聞いたときから思っていたのだ ―――娘がホグワーツに来たが ―――でしょう、ハッフルパフに入ったのね。私と同じスリザリンかと思ってたわ ―――何故、わざわざイギリスに。 ボーバトンで充分だろう その後の曇ったサンビタリアの表情を見て何かおかしいと、彼女は以前と変わらずフランスに住んだまま、けれど娘は一人でイギリスへ。きっと、何かあったに違いない。その何かが自分には分からなかった。 そう考えているうちに手紙を読み終えた少女に何の前触れもなく問えば、予想外の反抗的な言葉に、僅かな苛立ちを覚える。 その僅かな苛立ちのせいで自分が感情に任せて口を開くことに、また更に苛立ちが積もった。こういうときに限って思うのだ、なんて自分は幼いのだろうと。 感情に任せ、部屋から出ようとする彼女の腕を掴み壁へと押し付けた。何故、こうもしてまでサンビタリアが言おうとしていることを知りたがっているのか、自分でも良く分からないのだ。だからこそ、その答えが分かれば胸の蟠りも消えるはず。 あの言葉を聞くまでは、そう思っていた。 「初めまして、お兄様」 ああ、サンビタリアが言おうとしていたのはこのことだったのか。 少女が笑った姿に、苛立ちも消え、残ったのは消えて欲かった胸の蟠りだけだった。 <|◇|> |