ローダンセ、それが本心だとしたら



Bit  V



魔法薬学の授業の代わりに薬草学が行われた。

どうやらスネイプ教授が今日一日、休みをとったらしい。珍しいこともあるものだと思いながら温室へ続く外の道から空を見上げ、羽を伸ばし優雅に飛ぶカラスを見えなくなるまで目で追った。






いつもの黒いローブより、より黒く光り、袖に銀色で刺繍の施されたローブを片手にかけ、高い木々のせいで陽射しが薄い小道の中を、ホグワーツから随分と離れた此処に最後に来たのは丁度1年前だったか、足元に落ちる枯葉を踏みながら、スネイプは歩いていた。

後2、3時間も経てばあっという間に夕暮れになる。ホグワーツを出たのが午前中だったにも関わらず、目的地に着くのは空が朱色に染まる頃。今頃、自分が受け持つ授業の変わりに薬草学が行われている最中だろうと、立ち止まり不意に見上げた空に黒い鳥が一羽、頼りなく飛んでいた。




小さな森の中に自然と出来たこの道はマグルが通るものではなく、自分のような魔法使いたちが使うもの。ホグワーツの周りにかけられた魔法のように、この森の周り一帯にもマグルが入って来られないよう魔法がかけられている。それもあって森はやけに静かだった。動物が動く気配もなければ、そもそも平日なので、ローブに身を包む魔法使いの姿も一度も見ていない。小道を歩く己の足音だけが、先ほどから聞こえるだけだった。


周りにあった木々はいつのまにか無くなり、目の前に見えてきたのは小さな家。ホグワーツの敷地内にある森番の家にも似たその家の隣には、人の腰の位置くらいの高さで、白いペンキで塗られた柵が辺りを囲んでいる。

家の中から出てきた、老いた魔法使いが柵の前へと曲がった腰で歩いて行く。スネイプが其処に着くのと同時に椅子に腰掛けた老人が枯れた声で「場所は御覚えですか?」と問えばスネイプは頷き返事を返した。


柵を越えても辺りはただ広い高野で、今度は道などなく、自分の記憶だけを頼りに緩やかな斜面を歩いて行けば墓地が現れた。地面に墓石が埋められたものから、十字の形をしたもの。様々な墓の間を通り抜け一つの墓石の前に辿り着く。


「お久しぶりです」
「・・・ああ」


先客の存在に気付いたのは墓地が姿を現したときからだ。片手に白い百合に似た花を持った先客は笑顔を浮かべていた。

白い墓石に彫られた名前は、土埃が被って良く見えないが、その墓が自分の親族の物であり、其処に眠る人間が自分の父親だということだけは確かな事実。



白い花が墓石の上に置かれ、先客は屈んで墓石の土埃を払う。スネイプから見えたのは、その白い花と笑顔が消えた横顔だった。


「君はいつも白い花を置いていくのだな」
「白い花はお嫌いですか?」
「生憎、花には興味がない」


だんだんと日が沈みだした空を烏が群れを成して飛び交っている。森の方から木々が揺れる音が微かだが聞こえた。


厳格で、己よりも家柄を大事にせよと毎日に自分に言って聞かせた父親も、数年前に眠り続けた状態になって、周りの人間が思っていたよりも早く死んだのは去年の冬のことだ。

葬式以来、何度かこの場所へ来たが、毎回白い花が置かれていた。この墓の主が白い花が好んでいたかと言えばそれは違っており、自分と同じように花に興味など持たない人物だった。


「ダイヤモンドリリーの花言葉をご存知ですか?」
「どうでもいい。 それよりも聞きたい事がある」
「また会う日を楽しみに、って言うんですよ」


会話が成り立たないことにスネイプは苛立ちを感じながらも平静を装おうとし、先客が笑顔で紡いだ花言葉に顳が痛くなるのを感じながら、「君が会いに行くのはまだ先の話だろう」と、鼻で笑うのだ。



今、自分の隣に居る人間は、死ぬには父よりも早すぎる。
けれど、そう望む理由を知っているからこそ、何も言わず馬鹿らしいと言うしかなかった。


(私に何が出来るという)

(あの男が唯一愛した女に、私が何を言える?)




「白い花を置くのはこれで何回目だ、ティナス・サンビタリア」


黒い髪を揺らし、彼女は笑う


「これで12回目かしら、セブルス」






ローダンセ、変わらぬ思いを持つ花