夜は月に照らされて闇を見せようとしない
ベッドの上から見る夜空はいつもそうだった
今日も黒に染まりきれない夜空に月が高く昇る



Bit T



ボーバトンにいた頃も一度や二度、寮を抜けだすことはあった。けれど、その時は友達が一緒だったから、一人で抜け出すのは今回が初めてだ。談話室へ降りたときは、余りの静かさにやめようかと思ったけれど、何か楽しいことがある前の心臓の高鳴りにも似たそれが、私の一瞬の不安を覆い隠した


廊下を歩いて外に出たら欠けた月が当たりを照らしている。花壇を囲うレンガに座って辺りを見渡してみても、こんな時間だから誰も居ないのは当然で、いつもだったら聞こえていた友達の話し声が懐かしくなった。


(ボーバトンにいたときは、マダム・マキシムに見つかって怒られたっけ)


学校の校長に見つかるなんて思いもしなくて、見つかった瞬間の固まった友達の顔は今でも覚えている。あれは傑作だった。

その出来事を思い出して小さく笑った丁度その時、足音が微かに聞こえた。夜中の校内の見回りならきっとフィルチだろう。見つかった後の罰が目に浮かんで、急いで廊下からは見えない木の木陰に隠れた。


廊下を歩く足音を良く聞いてみたら、どうやら一人だけじゃないようだ。初めは急ぐように駆け足で去っていった足音、その後に違う足音が廊下に響く。恐る恐る木陰から廊下を見てみれば月に照らされた廊下に立っていたのは、ミセス・ノリスと一緒に見回りをするフィルチではなくて、暗闇に溶け込んでしまうのではないだろうかと思うほど身に黒を纏っている人物。

(スネイプ教授)

眉間に皺を寄せローブを翻して廊下を戻っていく。良かった、教授は私には気付いてないようだ。胸を撫で下ろし、教授が見えなくなるまで木陰に座っていた。
木陰の下に隠れたせいで、私の周りは他の場所よりも一段と暗い。けれど、それが怖いとは思わなくて、不思議と落ち着いた。

夜はいつだって訪れたし何一つ拒むことなくそこにあった。

ホグワーツに来て去るように終わった一ヶ月。最初は色々なことが波のように押し寄せてきたから、眠りに沈むことが出来なくて、目の下に出来た隈に何度も悩んだ。今でも「いつ教授に気づかれてしまうのか」と多少の不安を感じるけれど、その不安にも心なしか慣れてきた気がする。慣れてきた、という表現は少し変かもしれないけれど。


つい先日、お父さんから届いた手紙には主にお母さんのことが書かれていた。泣き崩れ、取り乱していたお母さんは、その文には微かにも見当たらない。「愛せない」と私に言った彼女は其処にはいなくて、何となく私だけ取り残された気分になる

(こうなるのは最初から何となく分かっていたはずなのだけれど)

込み上げてくる感情に苦笑いを零した。


木陰から身を乗り出して廊下を見てみると教授の姿はもう見当たらない。暗闇で見えないだけではないかとじっくり目を凝らして見ても誰もいなかった。こんな真夜中に見回りをするスネイプ教授は、そんなに他の寮から減点することが好きなのだろうか。あの人の場合それを否定できないのが何となく可笑しい。

スリザリンの贔屓は明確だ
グリフィンドールへの嫌悪もまた明確
きっとハッフルパフに対しては目もくれないのだろう

(勿体無い、凄く良い寮なのに)

何処の寮が一番だとか、そういうことは断言できない。だけど、やっぱりハッフルパフは良いと思うのだ。

(まあ、寮の点数は一番少ないけどね)

何処かの教室の鍵が閉め忘れられ、開けっ放しの窓から風に揺れるカーテンが、スネイプ教授がローブを翻す姿と重なった。そういえば私は暇があれば教授のことばかりかもしれないと、ふと思った。


「気にしないようにとすればするほど気なるのは人間の本能なのかしら」


それとも、私の好奇心なのか。

風が強く吹いて、寮に戻ろうとその場を後にした






Bit第二章開始