勿忘草 長い間、私しか居なかったこの家に、足音が響いて、生活感も、人が生きているという気配さえも全く無いリビングの扉が開いた。 「此処に、いたんだね」 お世辞でも綺麗とは言えないローブを揺らして、リーマス・J・ルーピンがトランクを片手に立っている。 「ずっと、ずっと此処に居たわ」 光が入るか入らないか、重い生地のカーテンが風に軽くなびいて埃を散らした。 「食事はちゃんととってるのかい?」 腕を軽く上げればブレスレットがシャランと動く。 「ルーピン先生、外にはもう出たくないの」 テーブルには飲みかけのワイングラスとボトル。そして紙切れが一枚置いてある。ルーピン先生はそれに目を向けた。 「、これは」 「あの日のまま、それもこの家も、全部あの日のままなの」 シリウス・ブラックが死んだ あの日のまま 「、君はマグルの世界にこのまま居るつもりなのかい」 細い腕を手すりに置いて俯く彼女の姿は、まるで動かない人形の様で、以前よりも酷く痩せてしまった身体は痛々しかった。 「魔法も、沢山の魔法使い達も私に思い出させるの」 思い出したら体が動かなくってしまう。 あの日もこの家に一人、その知らせを受けた。意識が遠のく代わりに襲ってきた吐き気。早く、その事実を確かめに行きたいのに動かない足。静かな闇に包まれた廊下に倒れれば、その冷たさは私に現実を教える。 『シリウスおじさんが死んだんだ』 「今でも、シリウスから手紙が届きそうで、ついつい窓の外を見てしまうわ」 俯いた顔を上げれば、埃で曇った窓が、風でカタカタ音を立てていた。 NEXT>> |