SWEET MEMORY or CRUEL PAST 「誰?」 グリフィンドールの扉の前でナイフを片手に、髪を長く伸ばした男は切り裂かれた絵を見ていた。声をかけた私の方を向きもせずに、突然走り出した男。太ったレディの叫び声が聞こえた気がしたけれど、今はそれどろこじゃなかった。 「そっちにはディメンターが!」 何処か見覚えのある顔で、記憶の糸を辿ってみれば、彼はそう、アズガバンから抜け出したシリウス・ブラック。一瞬体が強張ったけれど、大きな声で叫んだ私の言葉に彼の足は止まった。振り向いたその人の顔は長い髪や髭のせいで、良く見えなかいが、驚いているようだ。呼び止めたのは他の誰でもない私で、どうしようかと迷ったが意を決して彼の元へ走り寄った。 「早く来て、良いから早く!」 人が近づいてくる気配がしてシリウス・ブラックの手を半ば強引に引っ張って、来た道よりも人気の少ない道を選んで走る。 「君は!?」 「アクシオ、銀の矢」 物陰に隠れると、呪文で呼び出した箒ををシリウス・ブラックに手渡した。人が来る気配がして彼の背中を押す。近くの窓を無理矢理開けて彼は夜空に消えていった。 その日のベッドの中で、2年前に亡くなった大好きだった祖母の話を思い出した。 シリウス・ブラックがまだホグワーツの学生だったとき、私の祖母は短い間だったがホグワーツの医務室で働いていた。祖母は私がホグワーツに入学する前、いつも彼やその友人達の話をしていた。その時はもう既に祖母には私たち家族の記憶は殆どなかったが、ホグワーツで働いたその数年の話を一番楽しそうに話すのだ。 銀の矢も本当は祖母から貰った大事な宝物だ。それを使う日が来るなんて思いもしなかった。その上、いつも祖母の話しに出てきていたシリウス・ブラックに会うなんて。祖母がなくなる数日前の夜、彼がアズガバンに送られたと悲しそうに言った祖母を思い出した。祖母の記憶は随分昔のことなのに、祖母はまるで今起こったかのように私に言うのだ「あの子は、シリウスは、アズガバンにいくような子じゃないわ」 それから先、再びシリウス・ブラックの顔を見たのは、彼がホグワーツを去ろうとしていた夜だった。 「良かった、生きてんだ」 「どうして君が」 「校長先生が此処に行きなさいって仰ったの」 あの人ならそう言いかねないな、と小さく笑ったシリウスと突然現れた私にポッターは驚いているようだ。 私はポッターに笑いかけた後、シリウスに近寄った。 「名前、聞いてなかったな」 「、・」 「なあ一つ聞いて良いか」 「何かしら」 「何であの時逃げずに、俺を呼び止めた」 「私の祖母に感謝して。いつも貴方のことを気にかけていたわ」 「君のお婆さんに?」 「授業を抜け出す手助けをしてくれた医務室の歳をとったマダムよ」 そう言うと、シリウスは私のファミリーネームを小さく呟いて、何か思い出したのか目を丸くした。私はただ笑って彼を見上げる。初めて見た彼の笑った顔は頭に焼きついた。私の頭を骨張った手で撫でた後、ポッターと何か言葉を交わしてシリウス・ブラックはまた夜空に飛び立った。 それから1年後、私はホグワーツを卒業した。両親の仕事を手伝いながら、一人暮らしを始め、休日は専ら一人テレビを見たり、本を読んで過ごした。ある日の午後、ふと窓の外を見ると梟が一羽、空を飛んでいるのが見えて、開けたままの窓から一通の手紙が入って来た。 「今から行く」 そう書かれた手紙 (というよりは紙切れに残したメモのような) を、何かの悪戯だろうとテーブルに置いて、ソファに座ろうとした瞬間、玄関のベルが鳴った。体を起こし玄関へと向かう、ノヴを回し、扉を開ける。 「何で」 「久しぶりだな、」 初めて見た時と全く違う姿に目を丸くしたままの私とは正反対に、笑顔を浮かべるシリウスは何故か、チキンの入った箱を持っていた。 「シリウス!」 飛びつく様に抱きつけば、シリウスは空いた方の手で優しく抱きとめてくれた。 ホグワーツを卒業してからは、ポッターと何回か連絡をとり、シリウスの近況を詳しくはないが教えては貰っていたけれど、こうして会うのは、以前ホグワーツから出て行くシリウスを見送った以来だった。 「シリウス、ワイン飲みすぎじゃない?」 「大丈夫、酒には強いんだ」 ついさっきまで持参のウィスキーを飲んでいたかと思えば、私が食前酒にどうぞと置いたワインを食後に飲んでいる。 「そのワイン良い値段したのに」 「お前に高いワインの味なんて分かるのか」 シリウスはグラスを置いて、私の頭を乱暴に掻き撫でた。 「シリウスとポッターは一体何をしてるの」 「、君にはまだ教えられない。だが落ち着いたらゆっくりと話すよ、全部を」 期待した答えが返ってこなかったことを悲しく思った私に、シリウスは触れるだけのキスを一つおとす。だけど、それは私には分かることの出来ないワインの味で、美味しくもなかったし、甘くもなかった。 シリウスが何をしているのか教えてくれないことがもどかしいけれど、彼ことさえ良く知らない自分が嫌で、グラスに口をつけるシリウスに横から抱きついた。テーブルにグラスが置かれる音に顔を上げた。 「本当に困ったお嬢さんだ」 飲みかけのワイン 紙切れのようなシリウスからの手紙 記憶を辿ればシリウスの優しい声や笑顔が次々と蘇ってくる。だけど最後はどうしてもあの日に繋がってしまう。何よりも一番鮮明に。 シリウスが家に来た日から、数回彼は私の家にやって来た。何故かいつも黒犬の姿でルーピン先生にリードに繋がれてやって来る。その光景が可笑しかった。そして来るたび、私が用意したワインを飲むシリウスの隣で他愛のない話をした。けれどある日を境にシリウスの訪問は途絶え、最後に家に来た何週間後の夕方ベルの鳴る音がして玄関に出てみれば、梟が一羽、手紙を咥えて門の柵に止まっていた。 「珍しい、ポッターからだわ」 時折連絡をとるといっても殆ど私からで、ポッターからは今までに一度も無かった。封筒にも入ってない手紙は、以前シリウスが送った手紙と同じように見えて笑ってしまった。だんだん日も暮れてきて空には月が出てきていたから、リビングへと続く外の渡り廊下は電気がなくても明るかった。 内容はたった一文 そのたったの一文で私はあの人を失ったのだ。 "シリウスおじさんが死んだ" NEXT>> |