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静まり返った部屋のどこかから寝息が聞こえてきたのに気がつき、本から目を上げると向かいに座っている少女はどうやらいつのまにか寝てしまったようだ。本を閉じて音を立てずに置く。組んだ腕に頭をのせて寝ている彼女は熟睡している。教師の部屋で寝るとは無礼なとは思ったが、此処に連れてきたのは自分であるので、今回ばかりは見逃してやることにしよう。


自分と同じ黒い髪の隙間から見える寝顔は本当に少女の母親の学生の頃に良く似ている。ティナス・サンビタリアは良く笑っていたが、少女は彼女ほど表情が豊かではない。良く言えば落ち着いているのだろう。あの母親にして、こう育てば上出来だ。スリザリンというよりもグリフィンドールに向いてそうな社交性を持っていたサンビタリアは常に笑っていた。そんな彼女が何故スリザリンだったのかは今でも不思議に思う。

反対にこの娘はあまり笑いはしない。基本的に無表情か戸惑ったような表情しか浮かべない。時折見せる笑顔もどこか印象が薄いものだ。そういった様子を見ているとこれがスネイプの血筋かと思ったこともある。彼女との血の繋がりは気に留めたこともないが、半分は自分と同じ血が流れているということを忘れているわけではない。


音を立てぬよう席を立ち少女の傍らに立つと更に顔が良く見える。頬にかかる髪をそっと払うと、少し身動きをしたがまだ眠ったままだった。この黒い髪も閉じている瞼の向こうにある黒い瞳も本当にスネイプの血だというのだろうか。


あの厳格で暴力的な父の血が彼女に本当に混ざっているのだろうか。母に暴力をふるい、部屋の隅で膝を抱えていた自分を冷たい目で見下ろしたあの男の子供だというのか。


けれどそれと同時に彼女はティナス・サンビタリアの娘でもあるのだ。溌剌として、人懐こい笑みを浮かべる、切なる喜びを名に持つ女の子供なのである。そしてもう一つの名前も。


サンビタリアからもう一つの意味を聞いたことはなかった。ホグワーツを卒業し、死喰い人として暗躍していた頃、一度だけ屋敷に寄ったときに、裏庭で父とサンビタリアが話しているのを見かけたときに、聞こえきた話だ。名前を誇らしげに言う彼女に、家族には見せたことのない笑顔を男は浮かべていた。その光景は今でも鮮明に思い出せる。あの男でもあのような笑みを浮かべることができるとは思わなかったからか。ひどく幸せそうに笑っていた。


そしてその笑みを浮かべさせていたのは他の誰でもない、サンビタリアなのである。



「サンビタリア、お前はどうして今でも死んだ男を愛すると言える。」


静かに寝息を立てている少女の頬を指先でなぞる。滑らかなその肌は何も拒むことを知らないのだろう。


「サンビタリア」


寝ている少女がうっすらと浮かべている笑みはサンビタリアと同じものだった。