カナリア



昔から自分にとってどうでもいいことは自分ではしないタイプで、そのせいで友達が離れていくのは日常茶飯事。好奇心とか興味とか、そういうものに左右されることなく過ごしていたから、勝手に「冷静な人」というイメージを付けられることも少なくはなかった。


今日もそう、目の前で泣いている入学前からの友人、を無視して前々から気になっていた本を読んでいる。
泣いているせいで言葉は途切れ途切れ、両膝に顔を押し付けている。本に夢中になっていた私はが話していることを、ちゃんと聞いていなかったから良く分からないけれど、どうやら同じ寮の親友と喧嘩をして、まさに今、後悔しているようだ。


(後悔するくらいなら初めから喧嘩なんてしなければいいのに)


泣き止まないの呼吸が段々落ち着いてきた頃、彼女のルームメイト、リリー・エヴァンスが部屋に入ってきた。私が居ることに少し驚いて、床に座り込んで泣いているに気付くと、駆け寄って「どうしたの?」と優しい口調で声を掛ける。その様子を数秒眺めて、時計に目をやった。

リリーが帰って来たということは談話室にも人が増える時間帯だろう。そろそろ此処から出ないと後々大変なことになりそうなので、本を閉じて座っていたベッドから立ち上がった。何を隠そう私はレイブンクロー生。他の寮生がグリフィンドールの寮に来ていると先生に知られたら面倒な事になる。


「リリー 後は頼むわ」
! の話ちゃんと聞いてあげたの?」
、私に相談したのが間違えだったわね」


溜め息交じりの私の言葉は彼女の怒りに十分なほど触れて、今にも私の襟元を掴んできそうな目をしたリリーに無表情で返すと足早にグリフィンドールを出た。

(何て居心地の悪い寮なのだろう)



グリフィンドール寮を出て階段の歩いていると、冷たい風が何処からか吹いてくる。

つい最近治ったばかりの風邪のせいないのか、咳が止まらない。息がしづらくて、目に涙が溜まった。壁に寄りかかって目の前で動いている階段を少し歪んだ視界で見ながら、咳が止まるのを待つ。人の気配がして、壁に寄りかかるのを止め、その場から離れる。

振り向いてみるとセブルス・スネイプが教科書を片手に持って階段を登っていた。





翌日の朝、大広間で朝食をとっていると、いつもなら誰も座ることのない隣の席に、人が座ったことに疑問を持ち横を見てみると案の定、リリーが座っていた。


「此処はレイブンクローのテーブルだけど リリー?」
 昨日言ったこと謝って、 は貴女だから言ったのよ」


(朝からなんて面倒臭いことに巻き込まれているんだか私は。)


「確かにとは他の人よりは仲は良いけれど、私はあの子の親友じゃないわ」
「私はちゃんとの話を聞いてって言ってるの。相手の気持ちを分かってあげることが貴女はできないの?」
「・・・そうねこれを機会に教えてあげる、リリー」


席を立ってローブの皺を直せば埃が宙に舞った。


「この学校にはね、そういう人間もいるのよ」


大広間を出て行く。リリーが何か言っているみたいだけど今の私には耳に入らなかった


―――相手の気持ちも分かってあげる事が貴女はできないの?


リリーには悪いけれど昨日のの話は私にとってはどうでもいいことだったのだ。









「セブルス 困るなあ、この位の呪文避けてくれよ」


大広間を出て、廊下を歩いていると少し先のほうが騒がしがった。セブルス・スネイプがしゃがみ込んで、地面に散らばった数冊の本を拾っている。そしてそれを見下ろしているポッター達。他の生徒も何も言わずその横を通り過ぎていく。


「あ、じゃないか 昨日はリリーが物凄く怒って八つ当たりが凄かったんだから」


私も通り過ぎようとしていたら、ジェームズ・ポッターに呼び止められた。この男がこの日ほど憎らしく感じたことが今までにあっただろうか。


「そう それは悪かったわね」
「あまり、リリーを怒らせないでくれるかい? 宥めるのが大変なんだ」
「・・・リリーに言ってあげて はそういう人間なんだって」


この短い会話で私が彼らにとって良い印象を持たない人物になったのは、彼らの表情を見るだけで一目瞭然だった。

(生憎貴方達に嫌われても私にはどうでもいいのよ)

スネイプの横を通り過ぎる時、散りばめられた本の中に、私が昨日どこかに忘れてきた の話を無視して読んでいた本があった。

(ああ。寮に戻る途中、階段の前で咳き込んでいる時に落としたのか)







午前中の授業が全部終わって軽く昼食をとると、魔法薬学の授業から帰っている生徒の中からスネイプを探すために、歩く生徒の群れの中を一人逆流して教室へと向った。


「スネイプ その本いいかしら?」


人だかりが過ぎて、数分待った所でスネイプがやっと来た。私が言えることじゃないけれど、とことん人と関わらない奴だなと思う。私の言葉の意味を解して、セブルスは教科書の間にあった本を私に押し付けると、またスタスタと歩いていった。
正直、意外だった、朝持っていた私の本を昼になった今でもスネイプが持っているなんて。それが凄く面白い事のように思えて、好奇心と彼に対する興味に歩みが速くなるのが自分でも良く分かった。








夜も軽く夕食をとって、残りの時間は図書室で本を読もうと大広間を出ると、扉の横にスネイプが立っていた 片手には相変わらず分厚い本。


「どうしたの スネイプ」


彼が人に話しかけるところなんて初めて見た。しかも相手は私。楽しくて面白くて堪らない。


「昼に 返した本」
「あぁ あれがなに」
「貸してくれないか」
「・・・・え?」


きっと今の私は物凄く間抜けな顔をしているに違いない。けれど、内心は楽しくて仕方がない。あのセブルス・スネイプが私に話しかけて、しかも本を貸してくれと言っているのだ、きっとこの学校生活で滅多に出来ない経験だ。


「もういい 呼び止めて悪かった」


眉間に皺を一つ増やした彼を見て我に返った。


「本でしょ?すぐに持ってくるから、 ・・・そうね」
「図書室に居る」

「分かったわ それじゃあまた後で」


初めは普通どおり歩いて、スネイプが歩き出したのを確認すると早歩きに、足音が遠ざかると私はもう走っていた。




夜の図書室は課題をしている生徒のせいで席が殆どなくなる。

そのせいでスネイプは中々見つからないし、挙句の果てには同じ寮の同級生に薬草の調合の仕方を聞かれ、思ったよりも時間が掛かった。

結局スネイプは図書室の窓側の一番端っこの人気が少ない席に居て(それも凄く彼らしいんだけれど) 分厚い本を読みふけっていた。


「遅くなってごめんなさい 相席しても構わないかしら?何処も空いていなくて」
「いや 別にいい」


遅くなったことに対してなのか、それとも相席がいいのかどちらに返事をしたのか、分からないまま本を机の上に置いて突っ立っていると、彼が顔を上げた。自然と私が彼を見下ろす形になる。


「何をしている」
「・・・いえ、気にしないで」


二つの言葉に、たった一言で返すなんて卑怯だ、なんて勝手に思いながら椅子に座った。


「その本 どうして読みたいの」


私がスネイプに貸した本は、難しい専門的用語ばかり並んだ本だった。私はというと、そういうジャンルに少し興味があったから読んでいただけ。


「絶版になってしまっている 探しても無くてな」
「私もそれは父から借りたの、随分昔のものらしいわね」


賢いレイブンクローの卒業生の父は本棚だけが並ぶ部屋、むしろ図書館に近いが、そこには絶版になった本も数え切れないくらいある。それに私が読むより彼が読んだ方が内容も良く分かるだろう。会話は途中で途切れてお互い本に夢中になっていた



窓を何かが打つ音に気付いて外を見てみると雨が降っていた、外はもう暗くて何時だろうと思い、時計を見てみると閉館ギリギリの時間。マダム・ピンスに怒られてしまう。目の前にいるスネイプを見てみるとまだ本を読んでいた。

(彼って本の虫だわ。)

「スネイプ もうすぐ閉館よ、その本返すのはいつでもいいから出ましょう」


スネイプは焦る様子もなく、時計を一度見て、本を閉じ席を立つ。何て無駄な動きがない人なのかしら!


「・・・ お前こそ出ないのか?」


席に座ったまま彼の動作に見惚れていた私は自分が動くことを忘れていた。




寮へ帰る途中、ポッターがリリーに付き纏っていた(この表現が一番適切だ)場面に丁度出くわした。その様子を見て笑っているブラック達3人と、も居る。

なんて最悪なメンバーが揃っているのだろう、廊下の隅を早足で歩く私の足音が響いた瞬間、さっきまで賑やかだった廊下が、しんと静まり返った。どうやら私は彼らに思っていた以上に嫌われているようだ。居心地の悪さに、早く寮に戻ろうと歩く足を速めた。


!昨日は、ありがとうね」
「・・・私 何もしてないわ リリーにお礼を言ったらどう
「愚痴を言うだけの相手も私には必要なのよ」


彼女を見てみると、昨日泣いたせいで少し腫れた目が痛々しかった。声を掛けられても、無表情な私とは反対には笑って「ありがとう」と一言言って、またリリーのところへと戻って行った。が走っていく姿を目で追っていると、自然にリリーやポッター達と目が合ってしまい、一つ溜め息のような物を吐いて、苦笑いをした。

自分にとってどうでもいいことは相手が勝手に進めていって、結局最後は、ほら何もなかったように元通り。






週末ホグズミートに行く生徒達を窓から見ながら、クランペットの入った箱を片手に、図書室へと向かう、今回はホグズミートに行くのを止めて図書室で本を読むことにしたのだ。


「相席してもいいかしら」


昨日と同じ席に居るスネイプは私が貸した本を読んでいる。何も返事が帰ってこないことは別に座ってもいいと言うことだろう、彼の目の前に座ってクランペットの入った箱を開ける。


「スネイプも一緒にどう?」
「いや、いい」


スネイプはちらりと髪の隙間から私を見て、丁寧に断った。もうすぐ読み終わるであろう本の残りのページ数は10ページぐらいだろうか、いやそれ以下かもしれない。彼の髪がページをめくるたびに少し揺れていて、見た目は凄く重そうで、触ったらずしりという効果音が聞こえそう。手を伸ばして、ついスネイプの髪を指で梳いてしまった


「触るな」


手を払うとか、身体全体で私を拒否するのものだと思っていたら、その反対、言葉で冷たく拒否される。


「貴方の髪って見た目と全く違うから驚いた」
「静かにしてくれないか 集中できない」


本の残りのページは後2枚、後書きをちゃんと読んでいるらしい。そんなに興味深い後書きなのだろうか。


「ごめんなさい、 それじゃあ読み終ったら・・・」


私が話し終える前にスネイプは本を閉じた、結構分厚い本だったので閉じる時にパタンと音がしてスネイプの長い前髪が揺れる。


「もう読んじゃったの?早いね」


彼の白く細い手が本の背表紙に置かれていて、私よりも白いのではないかと少し驚いた。


「話があるのだろう 読むのは後からでいい」


カナリアが上品に一声鳴いた





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それじゃぁクランペットでも食べながら
私が貴方に見惚れた理由でも聞いてちょうだい




08/08/04 加筆修正