静かに揺れる水面は
まるでキミの儚さに似ていて


Tranquilliser



暑い。
夏の夜の涼しさを、ここ最近全く感じなかった。は重い足取りで廊下を歩きながら、風一つ吹かない夜空を見上げる。

腕を月の光で照らして顔を上げて見てみれば、血の止まった生々しい傷跡が現れた。


「珍しいこともあるのね」


自分の腕にある傷を指でなぞると小さな痛みが走る。数十分前に切った腕の血が直ぐに止まるのは珍しい。滴った血の跡をハンカチで拭いてローブで隠す。

私の腕にはその傷以外にも何本と跡の残る傷がある。それは全て自分で故意につけたもので、私はその行為を止められないのだ。


それを始めたのは何時の頃だったか良く覚えてないが、ホグワーツに入学してからだったということは覚えている。


「リストカッターって言うんだっけ」
「誰が?」
「盗み聞きは悪趣味よ。今晩和、ジョン」


苦笑いして振り返れば、リーマスが私服にローブを羽織って、斜め後ろに立って笑っていた。


「誰がリストカッターだって?もしかして君?」
「見てたくせに。あら、リストカッターはお嫌い?」


月の光は私たちを照らして、会話をより一層生々しくするように思えた。


「いや、僕も同じようなものだから嫌いじゃないさ」
「意外。監督生が自傷癖があるなんて」


声を出してと笑う私の隣に立ってリーマスは、自傷癖ではなくそうせざるおえない昨日の自分の姿を思い出して、困ったように溜め息をついた。


「同じようで同じじゃないんだけどな」
「自分で自分を傷つければ自傷よ、同じよ同じ」


手首や腕に残る傷跡を無意識になぞるのは彼女の癖だろう。ついさっきつけた傷は血が固まって傷を塞いでいた。


「なんで切るの、って聞いたら迷惑?」


リーマスは傷をなぞる私の指を掴んで拘束する。


「全然」
「じゃあ何?」
「切りたいからよ。それ以外分からないあ」


傷跡に口付けをしては笑った。そんな彼女の姿は痛々しかった。朦朧とした意識の中で苦しむ自分と違うのは、その様子までも綺麗と感じてしまうところだろう。


「それだけ?」
「そうね、それだけ 」


微笑えみながらリーマスの指を丁寧に解いていく。月の光が一瞬だけ消えて互いの顔が良く見えなかった。


「私はもう寝るわ」
「お休み、
「お休み、ジョン」


足音を響かせて暗闇に消えていくの背中を眺めながら。リーマスは自分の傷だらけの腕を見て苦笑いを零す。

(同じようで同じじゃないんだ)


「ねえ、。明日になったら死んでいるのかい?」
「死んで欲しい?」
「どうだろう」


暑い空気が漂う廊下に、さっきまで全然吹かなかった涼しい風が、足を止めた私とリーマスの頬を撫でるように、そっと吹いた。


(ああ だけど)

(うん、やっぱ嫌だな)


、傷が一つずつ減ると良いね」


月の光が廊下全体を明るく照らし、暗闇に溶けそうになっていたの少し赤みを帯びた顔と驚いた表情を浮かべる姿がはっきりと見えた。


「ジョンがそう言ってくれるならきっと減るわ」


優しく微笑んで再び廊下を歩き出すに背を向けて、リーマスも歩き出す。満月の次の日は医務室で寝ることにしている。


(今夜は良く眠れそうだ)





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互いが互いのトランキライザー
互いが互いの傷の跡





08/08/14 加筆修正