立 ち 止 ま り ロ マ ン ス



?」


満月の時刻が近づいてきた頃、寮を抜け出すためにそっと談話室に降りると、思わぬ人物に出くわした。



とても大人しい子で、リリーから聞いた話によるとセブルスにも劣らない位真面目らしい。そんな子が、もう皆部屋に戻ったというのに談話室で何をしてるというのだ。


「リーマス、こんばんわ」


片手にティーカップを持ったはゆっくりと僕の方を向く。制服にタイを付けてないだけで、彼女はしっかりとローブも着ていた。僕の格好はというと私服で、片手にローブを持っていたから、彼女からしてみると今から寮を抜け出すというのはすぐに分かったことだろう。


、部屋に戻らないの?」
「今何時?」


もうすぐ9時になる。時計を見てに笑いかけると彼女は座っていたソファから勢いよく立って、窓の前へ駆け寄った。


「リーマス、頼んでもいいかしら」
「何を」
「私が出て行った後、窓の鍵を閉めてほしいの」


アクシオ クリーンスィープ。 が呪文を口にした途端、寮の扉が開いて箒が一本現れた。窓の鍵を開けて縁に足をかけるとは箒に乗り外へと飛び出た。


!」


僕が窓から身を乗り出した時にははもう何処かへ飛んで行ってしまって、一体なんだったのだろうと驚くばかり。


「リーマス!何やってるんだい、もうこんな時間じゃないか!」


後ろから聞き慣れた声がして、自分の立場をやっと思い出した僕は、走って寮を出た。幸い外は曇り空。満月が出てしまう前に早く行かないと。










お早う、相変わらず起きるの早いわね」
「そうかしら、早く大広間へ行きましょう」


階段を上っているとと歩いているのを見つけて、昨晩の出来事を思い出した。腕の傷が少し痛んだ気がしてローブの上から強く抑える。

(ああ、医務室に寄っていかないと)




以前リリーが言っていたのイメージと真逆に思えたは、今日はまるで何もなかったかの様にと静かに話している。授業中の方を見てみてもやはり、静かに笑っていて、大人しいというイメージが定着するのも、なんだか納得できた。


「何見てるんだ、リーマス」
「いや、薬の調合の仕方を忘れしまってね。 ああ、シリウス」
「何だよ」
「今鍋に入れた薬草、入れたらいけないんだって」


そういうことは先に言え!とシリウスは半分焦ったように鍋から離れた。案の定、鍋は一回小さな爆発を起こし、僕たちの周りに煙を漂わせる。あとは何事もなかったように怪しい音を立てていた。

溜め息を吐いて、初めからやり直すために先生の所へ行く途中、 のペアが一番最初に今日の課題を作り上げて笑い合っているところだった。


が魔法薬学得意で良かったわ」
「その分、次の薬草学は頼んだわよ」


羊皮紙にレポートを書くを見ていると、丁度顔を上げた彼女と目が合った。口の動きだけで、おめでとうと言うと笑顔で返してくれた。まるで、ありがとうと、言っているみたいだ。



夕食はいつものメンバー、いつもの席で、騒がしいくらいに笑い声を上げながら食べる。時々、皆が体の調子は大丈夫かと心配してくれる。少し照れくさいけれど、やっぱり嬉しくて昨日の緊張なんか忘れて、僕も笑った。ふと自分達のほうにやって来る足音が聞こえて振り返ってみると、がこちらへ歩いてくるのが分かった。


「ほら、!」
「やっぱり良いわ。あ、!」
「リリー!」


がリリーの元へ駆け寄ってくるのと同時にの後ろで、おどおどしながらのローブを引っ張っている。


、私は全然構わないわ」
「でもエヴァンス」
。せっかく良いって言ってくれてるのよ有り難くお願いしときなさい」


僕たちは彼女達の会話の内容が全く掴めず、目の前のやり取りに唖然とするばかりで、楽しそうに笑うリリーと、半分困ったように笑うを見ていた。


「どうしたの達」
「マグル学について教えて欲しいらしいわ、は真面目ね。」


どっかの誰かさん達も見習って欲しいものよ。とジェームズやシリウスを見るリリーがとても可笑しくてピーターと顔を合わせて笑い合った。




寮に戻ると昨日と同じようにがソファに座っていた。今日は何処にも行かないのだろうか。不思議に思いながら、声を掛ける。


「こんばんわ 
「こんばんわ」


と向かい合わせになるようにソファ座る。の手には紅茶の入ったカップがあった。


「昨日はありがとう」
「気にしないで。それより誰にも見付からなかった?」
「私は大丈夫だったわ」


私は、と言うくらいだから、彼女は僕が寮を抜け出したことに気付いていたんだろう。大人しくて頭が良いなんて、グリフィンドールと言うよりも、レイブンクロー生に近い気がする。


「昨日、何処に行ったの?」
「ごめんなさい、言えないの」


本人は優しく丁寧に笑ったつもりなんだろうけれど、それが僕には、哀しそうに笑っているようにしか見えなくて、悪い事をしてしまったと心の内で彼女に謝った。。




昨日、自分で腕につけた傷が(と言っても人狼になった時にだけど)あまりにも酷く疼くせいで全く寝付けないから、ココアを飲みに談話室へと降りた。当然誰もいなくて、静まり返った談話室に風が吹き通るのを不思議に思って窓を見ると、鍵が掛けられていないせいで小さく扉が揺れる窓が目に入った。


(・・・・だ)


だと決め付ける証拠など何一つ無かったけど、彼女がこの窓から出て行ったのは確かに昨日の出来事で、その理由を知りたいと思う自分らしくない好奇心が湧いたのに気付きもしないで、彼女がやったように呪文を唱える。


「今日が満月じゃなくて良かった」


現れた箒に乗って窓から星が散らばる夜空に飛び立った。




欠けた月が少し雲に隠れながら、夜空に浮かんでいて森を照らしている。が何処に居るかなんて分かるはずがないが、見回りをしているフィルチに見付からない場所なんて、このホグワーツでは限られている。僕は真っ先に森に向かった。

薄暗い森にが独りでいるなんてありえないだろうと思っても、先ほどから聴こえる動物や風の音に体が誘われている感覚がして、足が森を出ようとはしない。

(人狼だから、そんな理由じゃなかったら良いけれど)

自分が森から出ない理由を人狼のせいにするのには少し怖くて頭を振って、頭の中から人狼の文字を消した。大丈夫、今日は満月じゃない。

森の奥に行くと湖が見えた。恐怖と不安に駆られる森の中にある湖は、緊張で張り詰めた僕を宥めるように、水面を揺らしていた。僕はゆっくりと湖の瀬へと足を進める。


「リーマス?」


僕とは反対側の岸にが立っていた。


!どうしたんだい、今は真夜中だよ!」
「リーマス、知ってる?」


箒に乗っての立っている岸まで行き、僕が箒を降りるのと同時に彼女は話し出した。


「月が出てる夜にはね、声が聴こえるの」


ちらりと僕の方を見て、月を指差す。それに合わせて月を見ると、満月じゃないのに体の芯が疼いた気がして、すぐに月から目を逸らした。


「昨日は聴こえたけれど、今日は聴こえないわね」
「声って、動物の?」
「違うの。すごく悲しそうな声」


哀しそうに月を見るの横顔からも目を逸らす。彼女の一言に心臓が大きく脈打つのが分かった。



「人狼なのかしら」


鼓動がどんどん早くなって、から少し離れる自分が悲しくなった。満月じゃないのに、自分の中の誰かに理性を全て飲み込まれてしまいそう。


「満月は嫌ね、たくさんの人を悲しませるわ」
、帰ろう朝になるよ」





その日の朝は睡眠不足と傷のせいで、決して目覚めは良いとは言えなかった。重たい身体で歩きながら大広間に行くと、リリーが教科書を広げてに何か説明をしているのがすぐに目に入った。

(そういえばマグル学を聞いてるんだっけ)

ジェームズ達と席に座って適当にパンを皿にとる。早速、今日の予定を楽しそうに話し始めるシリウスとジェームズはなんでこんなに朝から元気なのか教えて欲しいくらいだ。


「あ!リーマス、ちょっと良いかしら」


僕が座る席から少し離れた席にいるリリーに呼ばれて、どうしたのだろうと行ってみれば、俯くが睨んでいた。


「どうしたの二人とも」
「どうしたもこうしたもないわよ!ったら昨日もまた抜け出したんでしょ!?」


小声で言っているのに、何とも迫力のあるに少し驚いて、ゆっくりとリリーの隣に座っての話を聞いた。


「寮を抜け出すのは知っていたのよ、それは全然構わないわ。此処だけの話、私も時々抜け出すから。でもね、昨日は私にも言わないで行ったのよ。信じられない!私がどれだけ心配したかと!でも良かったわ、貴方が見つけに行ってくれて!」


誰にも話に割り込ませない速さで話し終えたは最後に溜め息を一つ吐くと、の頭に手をそっと置いて、無事でよかったと呟いた。


「あの、リーマス」
「ん?」
「ありがとうございました」


苦笑いして笑うに、笑いながら「どういたしまして」と返事を返した。
ってリリーみたいだ)








朝食を一通り終えて魔法史の教室へと向かう途中、丁度斜め前を歩いていたを呼び止めた。


「リーマス、さっきはごめんねが」
「いいよ気にしないで。それよりもも知っていたんだね君が」


周りに生徒がたくさん居ることを思い出して小声で、 「寮を抜け出してること」と言うとは笑いながら頷く。


「やっぱりあの鳴き声って人狼なのかしら。満月の夜しか聞こえないの。」
「あのさ、もし人狼だとしたら満月の夜に森に行くのはやっぱり危ないよ」
「今度から気をつけるわ。でも今頃どうしてるのかな、人狼って言っても普段は私たちと同じでしょう?」


平常を装って言った僕の言葉に頷きながら答えたが哀しそうに空を見た。今頃って、キミの隣に居るんだけどな、なんて思っても言えるわけがなく、僕はただ苦笑いをこぼした。


「早く気付いて欲しいわ」
「何を?」
「私が心配していること。そしたら少し安心できると思うの。誰かが自分を思っていてくれてる、って」


小さく溜め息を吐くの隣で、「気付いているよ」と言えない自分が物凄く嫌になった。(ちゃんと気付いているよ 


「ああ!そういえば私、魔法史のレポートを大広間に置きっぱなしだわ」


また後でね、と手を振ってもと来た道を小走りに戻って行くの後姿を眺めて立ち止まっていた僕に気付いたのか、も立ち止まり振り返った。


「腕の傷、早く治ると良いわね」


そうしてまた走り出したの後姿から目が離せなくなって、教科書が手から全部落ちたのに気付きもしなかった。






「君も早く気が付いて」





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キミが心配してるのはこの僕だよと
言えればどれだけ幸せか
きっと教科書が足に落ちたのにも気付かないさ





08/08/14 加筆修正