例えばさ
アナタが私を殺してくれたら
あの子はアナタを嫌いになって

アナタはアタシの物になるんじゃないかしら











今日もジェームズは楽しそうに、幸せそうにエヴァンスを眺めている。その様子を渡り廊下から眺める私を友人が見れば滑稽だと呟く。

私が彼を目で追うようになった頃は、まだ彼の眼中にはエヴァンスは全く入っていなかったと思う。と言ってもそれは入学してきたばかりの頃の話で、6年生になった今では、誰が見てもジェームズがエヴァンスを好きなことは一目瞭然。私はといえば、そう、渡り廊下で眺めることしか出来ない、小さい人間なのだ。


 見てるこっちが切なくなるわ」


は私の隣で壁に凭れ掛かって溜め息を吐くこと通算8回目。全て私のために吐いてくれた優しい溜め息だ。


「酷く滑稽だわ 私」
「そんなこと、自他共に随分と前から分かってる」


今日一日の授業は全て終わって、自由なこの時間を全部ジェームズを眺めることに費やしたって全然構わない。むしろ大歓迎。だけどそれじゃあ隣にいる優しい友人に迷惑をかけてしまうので、今日出された宿題をしに寮に戻った。




グリフィドール


私が何でこの寮なのか分からないけど、なってしまったものはしょうがない。勇気溢れるグリフィンドールで私が勇気を出したことなんて、図書室の本の期限を無視して新学期まで借りていたことぐらいだ。


 グリフィンドールに入ったからには勇気が必要なのかしら」
「少なくとも今の貴女には変身術を理解することの方が必要だと思うわ」


互いに自分の机に羊皮紙を広げてペンを滑らせる。私のペンはさっきから羊皮紙に落書きばかりを残しているだけだけれど。

机の上に置きっぱなしにされた眼鏡を久しぶりに掛けてみれば、目に映るもの全てが、くっきりと形を現した。


「私こんなに目が悪かったのね」


ホグワーツに来る前に買ってもらった眼鏡も、最近では殆ど使うことがなく、しかもケースに入れていなかったから、軽い傷がレンズにたくさん入っている。眼鏡といえばジェームズもいつもかけている。


(ジェームズは、こんなハッキリした世界で生きてるんだ)


眼鏡をもとの場所に置いて、また少しぼやけた視界の方が私にぴったりだと思う。ジェームズみたいに好きで好きでたまらない人を、レンズ越しの世界で何一つ見逃すことのないように見ることなんて、私には出来やしない。

ジェームズが自分でも気付いてないような優しい微笑みを私は見たくないんだ。


「ぼやけた世界が丁度いいのよ」


視力の低さからくる視界のぼやけと、流れた泪のせいで歪んだ世界は酷く痛々しかった。


が歪んで見えるわ)






彼らはいつも4人で一つのように廊下を歩いて授業を受ける。悪ふざけばかりをする4人に先生達の怒鳴り声は絶えたことがないし、スリザリンのスネイプにちょっかいをかけるときは決まってエヴァンスが居た。


「最低よ あんたなんかっ!」


中庭に響き渡ったバシンという音と、ガシャンと何かが割れる音。たまたま眼鏡をかけて、たまたま中庭を見下ろすことの出来る階段にいた私は、その光景を、はっきりと何一つ見逃すことなく目の前で見てしまった。

地面に落ちた眼鏡を拾い上げてエヴァンスの後姿を眺めるジェームズには、いつもの微笑みは微塵もない。ただ哀しそうだった。

何でこんな日に眼鏡をかけて、滅多に使わない階段を上っていたんだろう。眼鏡がなかったらジェームズのそんな顔を見なくても良かったのに。

見る、見ない以前に私には見えないのだ
その哀しむ顔も、私には優しく微笑んでいるようにしか見えないのだ。

階段の小窓を開けて、ローブの中から杖を取り出す。


「オキュラス・レパーロ」


小さく呟いても杖が向いてる先は彼の壊れた眼鏡だから、確実に正確にその魔法は届いてくれる。その後の彼を見るのは何となく怖くて、窓を閉めずに階段を駆け降りた。









 そこまでするなら言ったら? 好きですって」

が冷たい水を飲みながら私の頭を軽く小突く。


「私はただ困っている人を助けただけよ」


自分の傷の入った眼鏡に呪文を唱えれば、買った当初と同じ傷一つないレンズに戻る。


「眼鏡は嫌だわ。レンズ越しだから嘘か本当か分からない」
「嘘だし、本当かもしれない」


のソプラノ声とは全く違う、何オクターブも低い声が頭上から降ってきて、私の眼鏡は宙に浮いた。


「こんばんわ ミス・


ジェームズ・ポッターが私の眼鏡を持って、エヴァンスに向ける時とは違う、けれど優しい微笑みを浮かべていた。


「こんばん、わ」
「君だよね? 今日中庭で、」
「ポッター!」


ジェームズの声を遮って聴こえてきたのはアルトの声。


「女の子にそういうちょっかい、かけないでちょうだい」
「ただお礼を言っているだけだよ。ああ、もしかして妬きもちかい?リリー」


エヴァンスがきつくジェームズを睨みつけた。中庭での出来事が脳裏に浮かんでスッと消える。


「眼鏡、いい?」
「あ、ごめん 今日はありがとう」
「ミスター・ポッター。それは私じゃないわ きっと他の誰かよ」


眼鏡をかけてジェームズを見れば、困ったように笑っていた。

何だかんだ言ってジェームズに突っかかっていく当たり、エヴァンスはジェームズのことが好きなんだろう。それはただ本人が気付いてないだけで、きっとジェームズは分かってる。いつか自分達が結ばれるということ、彼女を幸せにしてあげれるという自信。


(・・・本当に 酷く滑稽だわ 私)


こんなにも好きな人のことが分かってしまうなんて。

大広間に響く彼の名前が今の私には耳に痛い。


「お願いエヴァンス 彼の名前を呼ばないで」


歪んだ私の視界に歪んだ台詞が掠れて消えていった。





<<


私を早く殺してよ
そしたらアナタに深く残るから





08/08/14 加筆修正