私の好きな物、少しだけ焼け目のついたベイクドプリン。
彼の好きな物、・・・多すぎて良く分からない。



ジャム JAM




グリフィンドールの賑やかな談話室の隅で、今日も彼らは作戦会議。それを見たリリーは大きな溜め息をついてソファに座る。隣に私も座ってテーブルの上に置かれたクランペットを口に運んだ。


「今度は何をするのかな、どう思うリリー?」
「どうせ馬鹿らしいことよ、あいつらの考えることなんて分かりたくもないわ!」
「そんなこと言って良いの? ポッターが泣いて縋りつきに来るかもよ」


そう言った瞬間、心底嫌そうな顔をしたリリー。本当に嫌なんだろう。冗談よ、と笑えばリリーは「ありえそうな冗談だからやめて」と身震いをした。泣き縋られるどころか、一日中付き纏われるかもと思ったのは言わないでおこう。


「そういえば、貴女 明日の魔法史のレポート終わったの?」
「全然、羊皮紙1メートル分なんて無理に決まってるじゃない」
「それじゃあ駄目よ。手伝ってあげるから終わらせましょう」


今度は私が心底嫌そうな顔をする番だ。リリーに手伝ってもらえるのは有難いけれど、なんせ羊皮紙1メートル分。考えただけで嫌になってくる。丁寧に断ろうと口を開きかけた刹那、後ろからやけに明るい声が響いた。


「リリー!そこで何をしてるんだい?もしかして暇?ああそうか暇なんだね!なら僕と一緒に・・・!」
っ、私ちょっと席を外すわね! 宿題は、えーっと」


ポッターが近寄ってくるのを眉間に皺を寄せて交わすリリーを目で追う。リリーにとって一番最悪な事態が起こった今、魔法史のレポートはしなくて良さそうだ。リリーには悪いけれど、ありがとうポッター。今度お礼をするわ。


「大丈夫よリリー、自分でちゃんとできるから」
「駄目よ信用ならないわ。そうね、リーマス!の宿題手伝ってあげてね!それじゃあ」
「僕でいいなら構わないよ。 頑張ってねリリー」


そう言って、寮から走って出て行ったリリーの後をポッターが笑顔で追いかけて行く。嵐が去ったあとの静けさにも似た沈黙が談話室に広がり、私はといえばリリーが言い残した「信用ならない」の一言に固まっていた。


「リリーその言葉は酷いわ・・・!」
「実際、宿題やる気なんてないんでしょ」


いつのまにか目の前のソファに座って、クランペットを食べているリーマス。シリウスとピーターは2人でクィディッチの雑誌を読むために部屋へ戻ろうとしていて、目が合った瞬間「まあ、頑張れよ」「ごめんね」 そして最後に声を合わせて「おめでとう、リーマス」と笑顔で階段を上がっていった。


「・・・ねえリーマス」
「なに?」
「何が、頑張れよで。 どう、ごめんねで。 何で、おめでとう、なの?」


もうすでに笑顔になってない笑顔でリーマスに聞けば、考える素振りもなく、


「僕と宿題頑張って。手伝えなくてごめんね。って意味じゃないかな。おめでとうってのは・・・うん、そのままの意味だよ」


クランペットを片手に笑顔で応えたのだ。
(そのままって何がどう、そのままなんだろう・・・)


まあ、とにかく。先ほどリーマスが言ったとおり宿題をする気は全く無くて、出来れば、ポッターから逃げるリリーの様子を見に行きたいのだけれど、目の前にいるリーマスの絶えない笑顔が、そうはさせないと言っているように見えた。リリーに頼まれて、それを実行しなければ後が怖いのは私も良く知っている。


「やっぱり、宿題しないと駄目かしら・・」
「僕としては、せっかく外は晴れてるんだし外でお菓子を食べながらゆっくりしたいな」
「・・・あら、リーマス。それはお誘いって意味でとっても構わないの?」


それは次第だね。とアクシオでお菓子がいっぱい入った袋を呼び寄せ、リーマスは「今なら湖の近くの木の下が丁度良いかもね」とソファを立つ。


「それじゃあ、そのお誘い有難く受けることにするわ」


そう言って私も席を立ち、リーマスの後を追った。


*


リーマスが言ったとおり、湖の近くにある木の下は静かでゆっくりできそうだった。満面の笑みのリーマスが持って来た袋の中のお菓子の内容に驚く。袋の中は全部チョコレートばかり、違うものといえばチェルシーバンズだけだ。良くこんなにまとめ買いしたものだと感心してしまう。


も好きなの食べていいよ」
「ありがとう。ねえ、リーマスって甘いものが好きなの?」


とりあえずチェルシーバンズを手にとって、木の幹に凭れかかった。陽射しはそこまで強くないし、逆に眠くなりそうなくらい心地良い。


「好きだよ、特にチョコレートがね」
「うん、この袋の中見れば良く分かる」


口の中に千切ったチェルシーバンズを運びながらリーマスを横目で見れば、チョコバーを丁寧に一口サイズに折りながら、嬉しそうな笑顔で食べていた。私もチョコレートは好きだし、甘ったるいお菓子も大好きだけれど、リーマスみたいに、こんなに美味しそうに食べている人は見たことはない。


はチョコレート食べないの?」
「チェルシーバンズ食べてから貰うわ。そのミルクチョコレートを」


ホグズミードで見かけないお菓子だったから、多分マグルのお菓子だと思う。魔法の世界の不思議なお菓子とは違って、ただ純粋に甘いマグルのチョコレートは好きだ。まあ、リーマスがどうやってそのマグルのお菓子を買ったかは無視しておこう。とにかく今は久しぶりに食べるマグルのお菓子に、胸が躍っていた。

四角い形で飴みたいに包装されたミルクチョコレートを口に放り込めば、チョコレート独特の舌を刺すような甘さが広がる。


「何でチョコレートって甘いのに、少し痛いのかしら」
「・・・の言ってることが良く分かんないんだけど」
「溶ける少し前に舌を刺すような感覚しない?」


そうかなあ、と首を傾げ6袋目のチョコバーをリーマスはぺろりと食べ終えた。
(あの甘ったるいチョコバーを良く6袋も食べれるなあ・・・)


「まあ、美味しいに変わりはないんだけどね」
「甘いものはなんだって美味しいんだよ」
「でも私、チョコレートよりベイクドプリンが好き。リーマスがチョコを好きなくらい」
「ベイクドプリンも美味しいよね、僕もあれは好きだ」


甘いものは何だって美味しいと言ったリーマスらしい台詞に思わず笑ってしまって、結局何が一番好きなのかと聞けば、「チョコかなぁ・・ああでもココアも・・」と、自分が好きな食べ物の名前を次々に口にしながら、真剣に悩んでいた。

リーマスの口から出てくるのは本当に甘い食べ物ばかりで、キャンディー、ジェリービーンズ、クッキー、ワッフル・・・そしてチョコに逆戻り。


「やっぱりチョコかな」
「そうみたいね、考えてる間に袋の中のチョコ、半分以上なくなってるわ」
「また買いに行かないと、今度は今回の倍の量だね」


袋の中を覗いて、お互いに苦笑いして、残りのチョコレートを半分ずつ分けた。辺りはいつの間にか薄紅色に染まっていて寮にもリリーが帰っている頃かなと、魔法史のレポートのことを思い出しながら、まあいいかと円いチョコを食べる。


「・・・ん、このチョコ、甘い」
「何言ってるの、チョコだから甘いに決まってるよ」
「そういうのじゃなくて。あーこれ苺の味だ。 苺ジャム入りチョコ」


そのチョコが包まれていた包装紙を綺麗に広げれば苺の絵が描かれていた。チョコレートの中から溶け出た苺ジャムの甘酸っぱさが、舌を刺す感覚を消す。その代わり、口の中にはチョコよりも量の多かったジャムの味だけが残った。


「そういえば、そんなチョコも買ったかも」
「これだけ買えば自分が何買ったのか忘れちゃうよね」
「それ、美味しかった?」


薄紅の空を見上げながら「うん」と頷くより前に右腕を引っ張られて、唇に残った甘いチョコレートの味が私の動きを麻痺させる。


「うん、美味しい。今度はジャム入りのチョコも買っておこう、も食べるよね?」


リーマスのけろりとした声に、何故か無意識に「そうだね」と頷いて、ワンテンポ遅れて頬と耳が真っ赤になってしまいそうなくらい熱くなってきた。唇に残ったチョコの味はさっきまでリーマスが食べていたチョコバーの独特の甘い味。


、顔が苺ジャムみたいだよ」
「・・・・リーマスっ!!」
「さあ寮に戻ろう。大人しく2人でリリーに怒られに行かないと」


笑いながら紙袋を片手に立つリーマスが差し出した手を少し睨みつけながらとった。苺を煮詰める時のように、後から後から熱くなる私は溶けてしまうんじゃないだろうか。なんて思いながら、手を取ったまま握り返されて繋がれた手をじっと見つめた。


「リーマスはチョコレートが一番好きなの?」
は何が好き?」
「ベイクドプリン」


そうか、それじゃあ僕は、そこで言葉を止めて笑うリーマスの横顔を見ながら、さっきのキスは別に嫌じゃなかったなとチョコの味を思い出して、もう一度顔が赤くなった。


「僕は何が一番好きだと思う?」
「・・・・苺ジャムだと嬉しいわ」
  顔、赤いよ」



チョコレートよりも苺ジャムが好きだと言ってくれれば、曖昧なこの気持ちも苺の形がなくなってしまうくらいに溶けてしまう。すっごく甘ったるくて、舌を刺すチョコレートみたいなアナタにね。





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僕が主催のお茶会に参加できるのは
君だけってことだよ





2006.2.2 加筆修正