暑さで汗が額に流れるもんだから前髪がへばりつく。それが嫌で髪をかき上げたら、手に汗がついて何となく不快感。 第一、こんな猛暑の中走っている私を誰か止めてくれてもいいではないか。一言 そう一言、言ってくれれば良いのだ、どうしたのかと。そんな私の考えとは裏腹に皆横を通り過ぎて行くばかり。早く止まりたいのに、止まれない。 走ってないと忘れないんだ。 忘れ物をした。ついさっき、久しぶりに使った空き教室の机に。人の気配なんか全くなかったらノックもしないでドアを開けた。そしたら、スリザリンの先輩が男に覆いかぶさるようにキスをしていたから、驚いて、つい声を漏らしてしまったのだ。その後すぐに教室から出れば良かったんだろうけど、先輩の下から聞こえた男の声で足が動かなかった。 「・・・?」 先輩の身体を退けて顔を出したシリウスと目が合う。シャツのボタンも全部外れててネクタイは床へと落ちている。先輩が何か言っているようだったけれど何も聞こえなくて、何かが体の中心から押し寄せてきて気付いたら走っていた。 暑い、暑い、暑い 額の汗は止まることなく流れるし、さっきのシリウスの顔も消えやしない。シリウスの女好きは前から分かっていた、だけどその光景を見たことなんて、あれが初めてだ。 あの教室だけ甘ったるくて妙に重い雰囲気。思い出しただけで吐き気がしてきた。暑さプラス吐き気なんて最悪だ。 私のシリウスへの想いは随分と前から自覚していた。今でもそれは変わらない。全然、大好き、片想い真っ盛り。だから私の走る足は止められない、早く忘れしまえ、あんなこと。 「・・・何やってんだお前」 走る体をいきなり腕で抱え込むように止められて、勢い余った足がガクンと床へと落ちた。 「走ってた」 「暑くねぇの? てか汗ビッショリ」 床に座り込んだ私に合わせるように、しゃがんだシリウスは苦笑いをしながら、私の額にへばりついている髪をかきあげる。走ったせいで熱くなった体は、体力を殆ど失ってしまってシリウスの手を払いのけることさえ出来ないのだ。 「暑いよ、でも・・・シリウスの方こそ熱々だったじゃない」 「熱々っていうか、普通に暑苦しかったし」 「邪魔してごめんなさいね、先輩怒ってなかった?」 「お前は悪くない 悪いのはあの暑苦しい女だ」 なんて自分勝手な男なんだろう。そんなに暑苦しかったら覆いかぶさってくる前に、押しのければよかったのに。大体 初めから誘いに乗るな。 「シリウスって最低」 「みんなそう言ってる」 ゆっくりと立ち上がってシリウスを見れば、私よりも何十センチも高い位置から見下ろしながら笑っていた。「何よ」と突っかかるように言ったら、まるで年下の子を相手にするように、頭を何度も軽く叩いて「なんでもない」と相変わらず笑っている。 「ジェームズがお前が狂ったように走ってるって言ってたんだよ」 「暑さのせいで狂ったのよ 悪かったわね」 「そんで俺はそれを止めに来た」 「それはご迷惑をお掛けしました」 「女好きのシリウスは嫌いなわけ?」 「大っ嫌い」 「んじゃあ、お前を止めに来た優しいシリウスは?」 まるで悪戯をするときのような眼をしたシリウスに、面食らった私の思考回路は長い間止まってしまった。 これもきっと真夏の暑さのせいだ。 「スリザリンの先輩が狂って走ったらどうするの」< 「が狂ったって聞いたから俺は止めにきたんだ」 「達者な口ね」 暑い 走っていたときよりもずっと暑い 「本当にシリウスって最低」 「そんな男を好きなお前も最低」 「最低なのに良い奴なんて本当に最低」 大変だ夏の暑さで頭がくらくらしてきた。そのお陰でさっきの光景も忘れられそうだ。もう走りたくはなかったし、丁度良かった。 「何 ぼーっとしてんだよ」 「暑いなあって思って」 「暑いついでに良いこと教えてやろうか?」 「・・・・なによ」 「お前を好きな俺はもっと最低」 あの嫌な光景が一瞬にして記憶から消えた きっと真夏フューリアス << |